ローレンツ変換と速度の合成則
ローレンツ変換と速度の合成則
特殊相対性理論の数学的中核です。高校数学(平方根と分数式)だけで扱えます。
1. 座標変換とは何か
「地上の人が測った時刻と位置」を「走る列車の乗客が測った時刻と位置」に翻訳する規則が座標変換です。
ニュートン時代の常識: ガリレイ変換
速度 v で動く立場への翻訳は、素朴にはこうなります。
x' = x − vt(位置は移動分ずれる) t' = t(時間は誰にとっても同じ)
時速100kmの電車から時速100kmでボールを投げれば地上から見て時速200km、という「速度の足し算」はここから出ます。日常では完璧に機能しますが、光速度不変と矛盾します。
2. ローレンツ変換
「光速はどちらの立場でも c」を満たすように変換を作り直すと、次の形が一意に決まります(x 方向に速度 v で動く立場への変換)。
x' = γ (x − vt) t' = γ (t − vx/c²) γ = 1 / √(1 − v²/c²) (ローレンツ因子)
ガリレイ変換との違いは2点だけです。
- 全体に γ 倍がかかる(γ は常に1以上。v が小さいとほぼ1)
- 時間の式に位置 x が混ざる(− vx/c² の項)
この第2の違いこそ「同時の相対性」の正体です。t が同じでも x が違えば t' は変わる — 場所が違う2つの出来事の「同時」は立場によってずれます。
1つの式に全部入っている
| 既知の現象 | ローレンツ変換からの導出 |
|---|---|
| 時間の遅れ | 同じ場所の2つの出来事の間隔を変換 → t' が γ 倍に伸びる |
| 長さの収縮 | 同時刻の両端の位置を変換 → 長さが 1/γ に縮む |
| 同時の相対性 | t 一定でも x が違えば t' が異なる |
光時計などの思考実験で個別に導いた結果が、すべてこの2行の式に含まれています。
v が小さいとガリレイ変換に戻る
日常の速度では v²/c² ≒ 0 なので γ ≒ 1、vx/c² ≒ 0。ローレンツ変換はガリレイ変換にほぼ一致します。ニュートン力学は捨てられたのではなく、低速の近似として包含されたことが式の上でも確認できます。
3. 速度の合成則 — 光速の壁の数学
ローレンツ変換から、速度の「足し算」の正しい規則が導けます。速度 v で飛ぶロケットから、さらに前方へ速度 u で物を発射したとき、地上から見た速度 w は:
w = (u + v) / (1 + uv/c²)
単純な足し算 u + v を、分母 (1 + uv/c²) が「抑え込む」構造です。
具体例
| ロケットの速度 v | 発射する速度 u | 素朴な足し算 | 正しい答え w |
|---|---|---|---|
| 時速100km | 時速100km | 時速200km | 時速200km(補正は約9×10⁻¹³%) |
| 0.5c | 0.5c | 1.0c | 0.8c |
| 0.9c | 0.9c | 1.8c | 0.994c |
| 0.99c | 0.99c | 1.98c | 0.99995c |
| 任意の v | c(光を発射) | v + c | c(必ず光速のまま) |
最後の行が重要です。u = c を代入すると分子も分母も整理されて必ず w = c。どんな速さの乗り物から光を放っても光速は c のまま — 光速度不変が、合成則に最初から織り込まれていることが分かります。
そして光速未満の速度をいくら合成しても、結果は必ず光速未満。「光速の壁」は禁止ルールではなく、速度の合成という算術そのものの性質なのです。
4. ローレンツ因子 γ の感覚
γ は時間の遅れ・長さの収縮・エネルギー増大すべてに現れる「相対論の効き具合」の指標です。
{
"type": "line",
"data": {
"labels": ["0", "0.2c", "0.4c", "0.6c", "0.8c", "0.9c", "0.99c", "0.999c"],
"datasets": [{ "label": "ローレンツ因子 γ", "data": [1, 1.02, 1.09, 1.25, 1.67, 2.29, 7.09, 22.4] }]
}
}
光速の60%でも γ = 1.25(25%増)程度。効果が本格化するのは0.8cを超えてからで、光速に近づくと発散します。γ → ∞ が「質量のある物体は光速に到達できない」ことの数式表現です。
5. 歴史の補足
この変換式自体はローレンツ(1904年)がアインシュタインより先に書き下しています(名前の由来)。違いは解釈です。ローレンツは「エーテル中を動く物体に起きる物理的な収縮」と考え、アインシュタインは「時間と空間そのものの変換規則」と見抜きました。同じ式でも、後者だけが時空の理解を変えたのです。
まとめ
- ローレンツ変換は「光速不変を満たす唯一の座標変換」。時間の遅れ・長さの収縮・同時の相対性がすべて2行の式に含まれる
- 低速ではガリレイ変換(ニュートン力学)に帰着する
- 速度は単純に足せない。合成則 w = (u+v)/(1+uv/c²) により、光速未満同士をいくら重ねても光速は超えられない
- γ = 1/√(1−v²/c²) が「相対論の効き具合」の万能指標
参考文献
- A. Einstein (1905)「運動する物体の電気力学について」Annalen der Physik 17, 891 — 特殊相対性理論の原論文
- E. F. Taylor & J. A. Wheeler『Spacetime Physics』(W. H. Freeman)
- 内山龍雄『相対性理論入門』(岩波新書)