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光の速さはどう測られてきたか — 測定の歴史

光の速さはどう測られてきたか — 測定の歴史

「光速は誰から見ても同じ」という議論の前提には、そもそも「光速は有限で、測れる」という発見の積み重ねがあります。約350年の測定史をたどります。

flowchart TD
  A["ガリレイ 1638頃<br>ランタン実験 → 失敗"] --> B["レーマー 1676<br>木星の衛星 → 初の有限値"]
  B --> C["ブラッドリー 1728<br>光行差 → 精度向上"]
  C --> D["フィゾー 1849<br>歯車 → 初の地上測定"]
  D --> E["フーコー 1850/1862<br>水中実験・回転鏡測定"]
  E --> F["マイケルソン 1879-1926<br>精密測定の極致"]
  F --> G["1983 メートルの再定義<br>光速は「定義値」になる"]

1. ガリレイの挑戦と失敗(17世紀前半)

ガリレイは助手と離れた丘に立ち、ランタンの覆いを開け合って光の往復時間を測ろうとしました。結果は「速すぎて測れない」。ただし「光速は無限か、無限でなくとも極めて速い」という問題設定を初めて実験に持ち込んだ点で歴史的です。当時は「光は瞬間的に伝わる(無限大)」とするデカルトらの見解が有力でした。

2. レーマー — 宇宙を使った初測定(1676年)

デンマークの天文学者レーマーは、木星の衛星イオの食(木星の影に入る現象)の周期がずれることに気づきました。

原因は、光が地球の公転軌道の直径分を横切る時間。このずれ(約22分と見積もった)から、光速は有限で、おおよそ秒速21万kmと算出されました(速度の数値自体は、レーマーの遅延データをもとにホイヘンスが算出したものです)。真の値より3割小さいものの、「光速は有限」を初めて示した金字塔です。

3. ブラッドリー — 光行差(1728年)

恒星の見かけの位置が、地球の公転によって1年周期でわずかに揺れる現象(光行差)を発見。雨の中を走ると雨が斜めから来るように見えるのと同じ原理で、地球の公転速度と光速の比が求まります。彼の値は秒速約30.1万kmで、誤差1%程度まで一気に向上しました。

4. フィゾー — 初めて「地上で」測る(1849年)

パリ郊外で、約8.6km離れた鏡との間に光を往復させ、高速回転する歯車の隙間を通しました。

天文現象に頼らず、実験室規模の装置で光速を測った最初の例です。

5. フーコー — 回転鏡と「決定的実験」(1850・1862年)

フィゾーの歯車を高速回転する鏡に置き換え、光が往復する間の鏡の回転角から光速を測定。秒速29.8万kmという現代値に近い結果を得ました。

さらに重要なのは、これに先立つ1850年に行った、光路に水を入れた実験です。水中の光速は空気中より遅いことを直接示し、「媒質中で光は速くなる」と予言していた粒子説に引導を渡して波動説を確定させました。この「光は波→では媒質は?」という流れが、エーテル仮説とマイケルソン・モーリーの実験(1887年)につながっていきます。

6. マイケルソン — 精密測定の極致(1879〜1926年)

エーテル検出実験で有名なマイケルソンは、生涯をかけて光速の精密測定に取り組んだ人物でもあります。

「光学精密測定」によりアメリカ人初のノーベル物理学賞(1907年)を受賞しています。

7. 現代 — 測るのをやめ、「定義」にした(1983年)

20世紀後半、レーザーと原子時計により、光速の測定精度は長さの基準(メートル原器)の精度を上回ってしまいました。光速の不確かさの主因が「1mの定義の曖昧さ」になったのです。

そこで1983年、国際度量衡総会は発想を逆転させます。

光速を c = 299,792,458 m/s(誤差なしの定義値) と固定し、 1メートルを「光が 1/299,792,458 秒に進む距離」と定義する。

以後、光速は「測定するもの」から「単位系の土台」になりました。これは光速度不変(誰が測っても同じ値になる)が徹底的に検証されているからこそ可能な定義です。

8. 測定値の変遷

測定者 方法 結果(km/s)
1676 レーマー 木星の衛星の食 約210,000
1728 ブラッドリー 光行差 約301,000
1849 フィゾー 歯車 約313,000
1862 フーコー 回転鏡 約298,000
1926 マイケルソン 八角形回転鏡 299,796±4
1972 NBS(米標準局) レーザー周波数×波長 299,792.4574±0.001
1983 定義値に移行 299,792.458(誤差なし)

まとめ

参考文献