昭和32(ワ)10282 杵島炭砿(同情スト)事件(同情ストライキの正当性否定と組合の損害賠償責任)昭和50年10月21日 東京地方裁判所
杵島炭砿(同情スト)事件・解説
概要
裁判所: 東京地方裁判所
判決日: 昭和50年10月21日
昭和32年、日本炭鉱労働組合(以下「被告炭労」)は、傘下の杵島炭礦労働組合(杵島労組)が杵島炭礦株式会社と企業整備・期末手当問題で争議を行っていたことを支援するため、原告ら大手炭鉱13社の山元の各支部組合(被告四組合ほか)に統一ストライキ(以下「本件スト」)を指令・実施させた。原告ら大手各社は、本件ストは原告らに対していかなる要求も掲げることなく行われたいわゆる同情ストであって違法であるとして、連合体たる被告炭労及び各支部組合に対し損害賠償を請求した。
裁判所は、本件ストは①特定要求の欠落、②団体交渉の不毛、③目的の乖離、④行動の意表、⑤結果の重大という5つの特質に照らし、==争議権を濫用した同情ストとして正当な争議行為に当たらず==、被告らは民法709条・労働組合法12条に基づく損害賠償責任を負うと判示した。
法的根拠: 民法709条(不法行為)、労働組合法8条(民事免責)・12条(労働組合の不法行為責任)
出典: hanrei-pdf-19740.pdf
1. 当事者
原告ら(炭鉱経営者)
| 原告 | 事業所・損害額(認容) |
|---|---|
| 三井鉱山株式会社 | 三池鉱業所(被告炭労・三井三池労組と連帯して782万円) |
| 三菱石炭鉱業株式会社 | 大夕張礦業所(被告炭労に184万円) |
| 北海道炭礦汽船株式会社 | 夕張鉱業所(被告炭労・北炭夕張労組と連帯して319万4000円) |
| 住友石炭鉱業株式会社 | 赤平礦業所(被告炭労・住友赤平労組と連帯して236万1016円) |
| 古河鉱業株式会社 | 目尾鉱業所(被告炭労に103万3000円) |
| 太平洋炭礦株式会社 | 釧路鉱業所(被告炭労・太平洋釧路労組と連帯して282万9000円) |
| 日鉄鉱業株式会社 | 二瀬鉱業所(被告炭労に190万8000円) |
| 貝島炭礦株式会社 | 大之浦礵業所(被告炭労に275万7784円) |
被告ら(労働組合)
| 被告 | 性格 |
|---|---|
| 日本炭鉱労働組合(炭労) | 原告ら大手炭鉱各社の山元企業別組合を支部として組織する連合体(本件スト当時:加盟組合183、組合員約19万8000名) |
| 三池炭鉱労働組合ほか3組合(被告四組合) | 原告ら各山元の企業別組合。炭労の指令に従い本件ストを実施 |
2. 事実関係
| 時期 | 事実 |
|---|---|
| 昭和30年代 | 石炭産業の企業整備・合理化問題が深刻化。各社が長期計画協定(長計協定)を締結 |
| 昭和32年5月 | 杵島炭礦が企業再建計画案(自然減耗の無補充・標準作業量引上げ等)を杵島労組に提示。労使交渉が難航 |
| 昭和32年7月1日 | 杵島炭礦・炭労間で期末手当の団体交渉開始 |
| 昭和32年8月2日 | 杵島労組が無期限ストライキに突入(期手スト)。同月8日以降は企業整備反対闘争として継続 |
| 昭和32年9月28日 | 被告炭労が傘下65支部組合に統一ストライキ指令(指標:権利擁護・組織防衛)。第一波9月30日、第二波10月3日の24時間スト |
| 昭和32年9月30日 | 本件スト実施(原告ら大手13社の山元)。原告らは事前に「貴社の問題は当方が処理できる範囲外」と文書で回答し自重を要請 |
| 昭和32年11月6日 | 杵島争議が佐賀県地労委の斡旋で終了。解決に際して炭鉱各社・経協は関与せず |
| 本訴 | 昭和46年に損害賠償請求を提起 |
3. 争点と判断の流れ
争点① 本件ストは正当な争議行為として民事免責(労組法8条)を受けるか
裁判所は以下の5つの特質を分析し、本件ストは正当な争議行為ではないと結論付けた。
| 特質 | 内容 | 裁判所の判断 |
|---|---|---|
| ①要求の欠落 | 被告ら組合は原告らに対して特定の要求を掲げていない。「杵島争議を解決すること」は原告らが処分・解決できる事項でなく、要求の対象となりえない | 特定の要求の欠落した争議行為 |
| ②団体交渉の不毛 | 被告ら組合と原告ら各社との間で本件ストに関し団体交渉が行われた事実は全くない | 団体交渉との切断による違法性の補強 |
| ③目的の乖離 | 「権利擁護・組織防衛」を標榜するが、被告ら組合が原告らに対して自己の権利・組織のために訴えざるをえなかった客観的状況が認められない | 争議行為本来の目的から全く乖離している |
| ④行動の意表 | 原告らは事前に「この問題は処理能力の範囲外」と回答しているにもかかわらずストが強行され、原告らは全く対応する手立てがなかった | 使用者の自主的解決の機会を完全に奪った |
| ⑤結果の重大 | 本件ストにより原告らは著しい損害を被った(総額2000万円超)。通常の争議では相互作用的な解決の余地があるが、本件はそれが全くない | 損害の一方的強制 |
裁判所の規範(東京地裁):
==本件ストは、被告ら組合が争議権を濫用して行った争議行為(いわゆる同情スト)であり、到底労働組合の正当な行為たりえないと解するのが相当である。==
→ 民事免責(労組法8条)を受けられない。
争点② 被告四組合(各山元の企業別組合)の法的責任
| 論点 | 裁判所の判断 |
|---|---|
| 不法行為成立の根拠条文 | 労組法12条が民法44条を準用するが、正当性欠如の争議行為には==直接民法709条が適用==され、代表者の行為を介さず組合自体が責任を負う |
| 故意・過失の認定 | 争議行為の意思決定は自然人(役員等)によるが、組合の正規の意思決定機関の決定を経て実行された場合、これを労働組合自体の故意・過失と評価できる |
争点③ 被告炭労(連合体)の責任
| 論点 | 裁判所の判断 |
|---|---|
| 連合体たる炭労の責任根拠 | スト指令を発出し、傘下の被告四組合・訴外四組合が原告らの山元においてストを実施させた主体として、共同不法行為(民法719条・709条)の成立 |
争点④ 損害の算定
| 損害の種類 | 内容 | 裁判所の判断 |
|---|---|---|
| 逸失利益(得べかりし石炭の価値) | 本件スト当日の減産量×山元手取額(販売価格から運賃等控除後)-実操業日一日当りの支出 | 認容(神武景気下で石炭需要旺盛。貯炭7日分の少なさから損害明白) |
| ロスとなつた生産費(ストにより回収できなかった固定費) | 地下保安費・償却費・福利費・支払利子等 | 一部認容(一部請求を超える分は棄却) |
4. 結論(主文)
- 被告炭労・被告四組合は、各原告に対し、それぞれ主文記載の金額を連帯して支払え(総計約2374万円)
- 住友石炭・貝島炭礦の一部は棄却
- 仮執行宣言付き
5. 判決のポイント
- 同情ストが違法とされる核心 — 使用者への具体的・特定の要求がなく、使用者が自己の能力と責任で解決できない事項を目的とするストライキは、争議権の本来的な手段性を欠き違法。
- 労組法12条と民法709条の関係の整理 — 正当性を欠く争議行為に対しては、民法44条(法人の不法行為)の準用ではなく、直接民法709条が適用され、組合の正規の機関決定を経た争議行為は組合自体の行為として評価する。
- 連合体たる上部組織の責任 — スト指令を発出した炭労も、傘下組合の実施行為との共同不法行為者として損害賠償責任を負う。
- 損害算定の具体的方法 — 減産量×山元手取額-実操業費という方式と、固定費相当のロスとなつた生産費の両立で損害を算定。神武景気下の旺盛な需要と少ない貯炭量から、ストによる出炭機会喪失の損害を認定。
- 原告ら炭鉱経営者間の連帯性の否定 — 各社は賃金等で協調行動をとっていたが、企業整備問題については各社が独立して対応しており、杵島争議を一体解決できる関係にはなかった。
6. 法的根拠
争議行為の正当性と免責
| 条文 | 内容 | 本件での役割 |
|---|---|---|
| 憲法28条 | 勤労者の団結権・団体交渉権・争議権の保障 | 争議権の根拠(但し本件では濫用として否定) |
| 労組法8条 | 正当な争議行為による民事免責 | 本件ストは正当性を欠くため民事免責不可 |
| 労組法12条 | 労働組合への民法44条(法人の不法行為)の準用。但し8条除外規定付き | 争議行為については民法44条でなく直接709条を適用すると解釈 |
| 民法709条 | 不法行為による損害賠償 | 被告ら組合の損害賠償責任の根拠 |
| 民法719条 | 共同不法行為 | 被告炭労・被告四組合の連帯賠償責任の根拠 |
7. 実務上の示唆
使用者側
- 同情スト通告を受けた場合、「当方に処分可能な事項でない」旨を書面で明確に伝え証拠化する(本件でも原告ら大手各社が事前に回答文書を送付)。
- 損害の算定(逸失利益+固定費の回収不能分)について詳細な証拠を保全しておくことで、同情スト等の違法争議行為に対する損害賠償請求が可能。
労働者(組合)側
- 他組合への連帯行動(同情スト)は、自組合の使用者に対する具体的要求と団体交渉の可能性を伴わない場合、正当な争議行為と認められず損害賠償責任を問われるリスクがある。
- 連帯的な争議行動を取る場合でも、自組合・自社使用者との関係で独自の要求事項を明確にし、団体交渉を経ることが重要。
8. 関連キーワード
杵島炭砿事件、同情ストライキ、同情スト、争議行為の正当性、特定要求、炭労、連合体労組、不法行為、損害賠償、民事免責、労組法8条、民法709条、神武景気
9. 関連ナレッジ
| ナレッジ | 関係 |
|---|---|
| 労組・不当労働行為 判例集 | 争議行為の正当性・免責の体系的整理 |
| 日本プロフェッショナル野球組織事件 | 義務的団交事項の定義(本ナレッジ参照) |
本ナレッジは判決解説の整理であり、個別の法的助言ではありません。
10. わかりやすい法的根拠解説
本節は判決の法的根拠を初学者向けに整理した解説です。§6の条文一覧と併読してください。
この事件で何を争っていたか
「杵島炭礦という別の会社が争議中だから支援しよう」という理由で、関係のない大手炭鉱各社の従業員がストライキを行いました。ストライキには通常、労働者を守るため損害賠償免責が与えられていますが、このような「他社への同情ストライキ」にも免責が認められるのかが争点です。
① ストライキの正当性と民事免責の構造
flowchart LR
A["ストライキ権\n(憲法28条)"] --> B["労使関係の当事者間で\n特定の要求を実現する手段"]
B --> C["団体交渉の有力な裏付け"]
C --> D["正当な争議行為"]
D --> E["民事免責\n(労組法8条)"]
D -->|"逸脱・濫用"| F["正当性欠如\n→ 損害賠償責任\n(民法709条)"]
ストライキ権は「自分たちの労働条件を改善するために、自分たちの使用者と交渉するための手段」として保護されています。他社の争議支援を目的として、何も要求しない形でストを行うことは、この本来の目的から逸脱しています。
② 同情ストが「違法」とされた5つの理由
| 理由 | わかりやすく言うと |
|---|---|
| ①要求の欠落 | 「何を求めているのか」が原告ら大手各社に対して何もない。交渉のしようがない |
| ②団体交渉の不毛 | 実際に交渉が行われていない。ストは交渉の手段のはずなのに交渉自体がない |
| ③目的の乖離 | 「組合の権利を守るため」と言うが、本件ストでなければ守れないような具体的な自組合の権利が存在しない |
| ④行動の意表 | 原告各社は「我々には解決能力がない」と事前に伝えたのに強行された。防ぎようがなかった |
| ⑤結果の重大 | 原告各社に2000万円超の損害を与えながら、何の解決にもつながらなかった |
③ 「同情スト」と「連帯スト」の区別
| 種類 | 内容 | 正当性 |
|---|---|---|
| 自社への要求を伴う連帯スト | 他社の争議を機に自社の要求も加えてスト(共闘型) | 自社の労使関係で要求が処理可能なら正当 |
| 自社への要求なき同情スト(本件) | 他社の争議支援のみを目的とし、自社への要求なし | 特定要求欠落→違法(同情スト) |
④ 損害の算定方法
本件では石炭産業特有の損害算定が問題となりました:
逸失利益の計算:
- 減産量(スト当日に産出できなかった石炭量)×山元手取額(販売価格から運賃等を控除した金額) - 実操業日一日当りの支出(変動費相当額)
ロスとなつた生産費:
- ストの有無にかかわらず支出しなければならない固定費(保安費・償却費・支払利子等)で、石炭が生産されれば石炭原価に算入されて回収されるはずだったもの
貯炭があっても「それを使えばよい」ではなく、生産計画全体として減産分の損害が生じる(特に神武景気下の旺盛な需要環境では)。
⑤ 争点と条文の対応表(逆引き)
| 争ったこと | 見るべき法理・条文 |
|---|---|
| 争議行為の正当性判断 | 憲法28条、労組法8条(民事免責の要件) |
| 同情ストの違法性 | 特定要求の欠落・使用者の処分可能性の要件 |
| 組合の損害賠償責任の根拠 | 民法709条(直接適用)、労組法12条(44条準用の射程除外) |
| 連合体たる炭労の責任 | 民法719条(共同不法行為)、民法709条 |
本節は判決解説の法的根拠を初学者向けに整理したものです。個別事件の法律相談・訴訟代理ではありません。