平成29(受)442 長澤運輸事件・上告審(定年後再雇用と労契法20条・賃金項目ごとの判断)平成30年6月1日 最高裁判所第二小法廷
長澤運輸事件・最高裁判決解説
概要
裁判所: 最高裁判所第二小法廷(裁判長:山本庸幸、裁判官:鬼丸かおる・菅野博之・三浦守)
判決日: 平成30年6月1日(平成29年(受)第442号 地位確認等請求事件)
出典: 民集72巻2号202頁(全文PDF・原文確認済み)
定年退職後に嘱託乗務員として再雇用されたバラセメント車運転手3名が、職務内容・変更範囲が正社員と同一であるにもかかわらず賃金が約2割引き下げられたことが労働契約法20条(現・パート有期法8条)に違反すると争った事案の上告審。最高裁は、==定年後再雇用であることは「その他の事情」として考慮される==こと、==不合理性は賃金総額ではなく賃金項目ごとにその趣旨を個別に考慮して判断する==ことを判示し、能率給・職務給・住宅手当・家族手当・役付手当・賞与の不支給は不合理でないとする一方、精勤手当の不支給と、精勤手当を計算基礎に含めない超勤手当(時間外手当)は不合理(20条違反)と判断した。同日のハマキョウレックス事件と並ぶ均衡待遇のリーディングケース。
1. 事実関係(判決文より)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 当事者 | セメント等輸送会社(従業員66人)と定年後再雇用の嘱託乗務員3名 |
| 職務 | バラ車乗務員。業務の内容・責任の程度・配転の範囲とも正社員と同一 |
| 正社員の賃金 | 基本給(在籍給+年齢給)・能率給(稼働額×3.1〜4.6%)・職務給・精勤手当(月5000円)・無事故手当・住宅手当(月1万円)・家族手当・役付手当・超勤手当・通勤手当・賞与(基本給5か月分)・退職金 |
| 嘱託乗務員の賃金 | 基本賃金(月12万5000円・定年時基本給以上)・歩合給(稼働額×7〜12%=能率給係数の約2〜3倍)・無事故手当・調整給(年金支給開始までの間月2万円)・通勤手当・時間外手当。賞与・退職金・精勤手当・住宅手当・家族手当・役付手当なし |
| 水準 | 年収は定年退職前の約79%(実際の試算では約76〜80%) |
| 経緯 | 高年法の雇用確保措置義務化を受け労使協定で継続雇用制度を導入。組合との団交を経て基本賃金・調整給を順次引上げ |
| 原審(東京高裁) | 定年後継続雇用の賃金引下げは広く行われている等として請求全部棄却 |
2. 争点と判断
争点① 労契法20条の性格と「期間の定めがあることにより」
20条は、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、==職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定==である(ハマキョウレックス事件・同日第二小法廷判決を引用)。嘱託社員規則という別規程により生じた相違は「期間の定めがあることにより」生じたものに当たる。
争点② 定年後再雇用は考慮されるか
定年制の下での無期契約労働者の賃金体系は長期雇用を前提に定められる一方、定年退職者の再雇用では長期雇用は通常予定されず、再雇用者は退職金の支給を受け、老齢厚生年金の支給も予定されている。==有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、20条にいう「その他の事情」として考慮される==。
争点③ 不合理性の判断方法
労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合、==賃金の総額の比較のみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮==すべきである。ある賃金項目の有無・内容が他の賃金項目を踏まえて決定される場合は、その事情も考慮される。
争点④ 項目ごとのあてはめ
| 賃金項目 | 結論 | 理由の要旨 |
|---|---|---|
| 能率給・職務給の不支給 | 不合理でない | 基本賃金を定年時基本給以上とし歩合給係数を能率給の約2〜3倍に設定するなど対応関係があり、差は約2〜12%。調整給・年金も考慮 |
| 精勤手当の不支給 | ==不合理(20条違反)== | 皆勤奨励の趣旨は職務内容が同一の嘱託乗務員にも等しく妥当。歩合給の係数差では正当化できない |
| 住宅手当・家族手当の不支給 | 不合理でない | 福利厚生・生活保障の趣旨。正社員には幅広い世代が存在する一方、嘱託は退職金・年金・調整給がある |
| 役付手当の不支給 | 不合理でない | 役付者であることへの対価であり年功給的性格ではない |
| 超勤手当の計算基礎 | ==不合理(20条違反)== | 精勤手当を正社員の超勤手当の計算基礎に含めながら嘱託の時間外手当の基礎に含めないのは不合理 |
| 賞与の不支給 | 不合理でない | 退職金・年金・調整給、年収約79%の水準、収入安定への配慮等を総合考慮 |
争点⑤ 救済方法(補充的効力の否定)
20条違反であっても、同条の効力により有期契約労働者の労働条件が無期契約労働者と同一になるものではない(補充的効力の否定)。就業規則の合理的解釈によっても精勤手当の請求権は導けない → 主位的請求(差額賃金)は棄却し、==不法行為(過失あり)に基づく損害賠償==として精勤手当相当額(9万円・5万円・6万円)を認容。時間外手当分は損害額の審理のため東京高裁に差戻し。
3. 判決のポイント
- 「定年後再雇用」は独立の考慮要素 — 職務が完全に同一でも、退職金・年金・調整給・長期雇用予定の不存在という再雇用特有の事情が「その他の事情」として相違を正当化しうる。原審のような「総額2割減でも不合理でない」という大づかみの判断は採らず、項目別判断に置き換えた点が核心。
- 賃金項目ごとの趣旨考慮 — 手当の趣旨(皆勤奨励・生活保障・役職対価等)から個別に判断する手法は、ハマキョウレックス事件(無事故手当・作業手当・給食手当・皆勤手当・通勤手当の相違を不合理と判断)と共通し、その後の大阪医科薬科大学事件・メトロコマース事件・日本郵便事件(いずれも令和2.10)に引き継がれた。
- 補充的効力の否定と不法行為構成 — 20条違反の救済は「正社員と同一の労働条件」への引き直しではなく損害賠償による。現行法ではパート有期法8条に承継され、同様の解釈が前提とされる。
- 実務への影響 — 定年後再雇用の賃金設計では、①基本給系は対応関係と水準(本件約79%)の説明可能性、②性質上職務と直結する手当(精勤・無事故等)の安易な不支給は高リスク、③割増賃金の計算基礎の整合、の3点が必須チェックとなった。
4. 法的根拠・現行法との接続
| 規範 | 内容 | 本件との関係 |
|---|---|---|
| 労働契約法20条(当時) | 有期・無期の不合理な労働条件の相違の禁止 | 本件の判断基準 |
| パート有期法8条・9条 | 均衡待遇・均等待遇(2020年4月〜大企業、2021年4月〜中小) | 20条を承継。本判決の枠組みが引き続き妥当 |
| ハマキョウレックス事件(最二小判平30.6.1) | 20条の解釈の基本枠組み | 同日判決・相互引用 |
| 高年齢者雇用安定法 | 65歳までの雇用確保措置 | 再雇用制度の背景 |
5. 実務上の示唆
使用者側
- 再雇用の賃金は項目ごとに「趣旨→嘱託に妥当するか→代償の有無」を検討し、設計理由を文書化する
- 精勤手当・無事故手当のような職務直結型の手当は正社員と同一基準での支給を原則とする
- 割増賃金の計算基礎から手当を除外していないか点検する
労働者側
- 賃金総額の減少率だけでなく、個々の手当の趣旨に着目して不支給の不合理性を主張する
- 救済は差額賃金請求ではなく不法行為構成(損害賠償)が本則であることを踏まえ、請求を組み立てる
6. 関連キーワード
長澤運輸事件、労働契約法20条、定年後再雇用、嘱託社員、均衡待遇、不合理な労働条件、賃金項目ごとの判断、精勤手当、その他の事情、補充的効力の否定、ハマキョウレックス事件、パート有期法8条
7. 関連ナレッジ
| ナレッジ | 関係 |
|---|---|
| 長澤運輸事件・控訴審(東京高判平28.11.2) | 原審(本判決が結論を一部変更) |
| 労働基準法に関する実体法(no.4) | パート有期法・同一労働同一賃金 |
| 津田電気計器事件 | 定年後継続雇用(高年法)の関連判例 |
| 労働基準法関連 判例・審判例集(no.4.3)§6 | 争点別索引 |
本ナレッジは裁判所公表の判決全文に基づく解説であり、個別の法的助言ではありません。