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平成28(ネ)2993号 長澤運輸事件(定年後再雇用・有期無期格差・労働契約法20条)平成28年11月2日 東京高等裁判所第12民事部

長澤運輸事件・解説

概要

裁判所: 東京高等裁判所第12民事部(裁判長裁判官:杉原則彦、裁判官:山口均・高瀬順久)

判決日: 平成28年11月2日

長澤運輸株式会社(控訴人)を定年退職後に有期労働契約(嘱託社員)として再雇用された従業員(被控訴人ら)が、同社の無期契約労働者(正社員)との間に賃金等の不合理な格差が存在するとして、①主位的に労働契約法20条違反による無効を主張して正社員就業規則等の適用地位確認と差額賃金の支払、②予備的に不法行為に基づく損害賠償を求めた事案。原審(東京地裁)は被控訴人らの主位的請求を認容したが、高裁は原判決を取り消し、全請求を棄却した。==定年後再雇用という「その他の事情」を重視し、職務内容・変更範囲が同一であっても、年収ベースで20〜24%程度の賃金減額は不合理とは認められない==とした。本判決は最高裁平成30年6月1日判決(長澤運輸事件・最二小)の原審である。

法的根拠: 労働契約法20条(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違の禁止)、民法709条(不法行為)、高年齢者雇用安定法(雇用確保措置)

出典: hanrei-pdf-86961.pdf


1. 当事者

被控訴人ら(有期契約労働者・1審原告)

項目 内容
地位 控訴人を定年退職後、有期労働契約(嘱託社員)として再雇用されたトラック等の乗務員
被控訴人A 定年1年前の年収と比較して約24%の減
被控訴人B 約22%の減
被控訴人C 約20%の減
業務内容 定年前と同一の撒車等乗務業務。勤務場所・業務内容の変更の範囲も同じ

控訴人(使用者・1審被告)

項目 内容
商号 長澤運輸株式会社
事業内容 運輸業
財務状況 本業である運輸業については収支が大幅な赤字と推認
定年後再雇用の状況 高年齢者雇用安定法に基づく継続雇用制度として有期労働契約(嘱託社員)を採用。賃金は定年前の約79%程度になるよう設計

2. 事実関係

時期・事実 内容
定年前 被控訴人らは控訴人の正社員(無期契約労働者)として勤務。賃金体系は正社員就業規則・賃金規定による
定年退職後 控訴人を定年退職し、退職金を受給した上で、嘱託社員として有期労働契約を締結して再雇用
嘱託社員の賃金 「再雇用者採用条件」による。能率給(歩合給に相当)・基本賃金・調整給等で構成。定年前の正社員賃金よりも削減
正社員の賃金 正社員就業規則・賃金規定に基づく。基本給(在籍給+年齢給)・各種手当・賞与等
差額の具体的要素 被控訴人らが主張する差額項目:職務給(嘱託に不支給)、役付手当(不支給)、精勤手当・住宅手当・家族手当(不支給)、賞与(不支給)
団体交渉経過 平成24年3月以降、控訴人の本件組合との間で定年後再雇用者の労働条件について複数回の団体交渉。控訴人は組合の意見・主張を聞いた上で、①基本賃金の2万円増額、②無事故手当・基本賃金の改定、③調整給の支給・増額等の改善を実施(組合との合意なし)
提訴 被控訴人らが地位確認・差額賃金・損害賠償請求。原審認容→控訴人が高裁に控訴

3. 争点と判断の流れ

争点① 労働契約法20条の適用要件(「期間の定めがあることにより」)

控訴人の主張: 本件の賃金の相違は、定年退職後の再雇用という地位の区別に基づくものであり、期間の定めの有無を理由としたものではないから、労働契約法20条は適用されない。

裁判所の判断:

論点 判断
「期間の定めがあることにより」の解釈 期間の定めの有無と労働条件の相違との間に一定の因果関係があることを要するが、使用者が専ら期間の定めを理由に相違を設けた場合に限定する根拠はない
本件への当てはめ 有期契約労働者である嘱託社員の労働条件は「再雇用者採用条件」により定型的に規律されており、賃金節約・雇用調整の目的も認められる。相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることは明らか
結論 労働契約法20条が適用される

争点② 本件相違が「不合理と認められるもの」か(核心的争点)

3つの考慮要素(労働契約法20条): ① 職務の内容、② 当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③ その他の事情

考慮要素 本件の評価
①職務の内容 嘱託社員と正社員の間に差異なし(業務内容・責任の程度が同じ)。職務遂行能力の有意な差も認められない
②職務内容・配置変更の範囲 差異なし(会社都合で変更あり得る点も同じ)
③その他の事情 以下の事情を重視:①定年後継続雇用制度は社会一般で広く行われる。②定年退職後の賃金引下げは公知の事実。③運輸業を含む業界の実態(年収で平均68.3%の水準)。④控訴人の具体的設計(定年前の79%程度に設計)。⑤年収20〜24%の減額は業界平均を下回る。⑥退職金受給済み・長期雇用が予定されていない。⑦一定の団体交渉・労働条件改善の実績

個別の手当ごとの検討(被控訴人らの主張):

被控訴人らは個別の手当(職務給・精勤手当・住宅手当・家族手当・賞与等)ごとに不合理性を主張した。裁判所は、定年後再雇用制度では職務内容等が同一でも一定程度の賃金減額が一般的かつ社会的に容認されており、控訴人が能率給・無事故手当の増額・調整給支給等の差縮め努力もしたとして、個別の手当の不支給・低額も含めて全体として不合理とは認められないとした。

総合判断:

==本件相違は、労働者の職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情に照らして不合理なものであるということはできず、労働契約法20条に違反するとは認められない。==

争点③ 不法行為の成否(予備的請求)

賃金額を20〜24%程度切り下げたことは、社会的相当性を欠くとはいえず、労働契約法または公序(民法90条)に反し違法であるとは認められない。予備的請求も棄却


4. 結論(主文)


5. 判決のポイント

  1. 労働契約法20条は定年後再雇用にも適用される — 使用者が専ら期間の定めを理由に相違を設けた場合に限らず、期間の定めに関連して生じた相違に広く適用される。
  2. ①②が同一でも③「その他の事情」で不合理性を否定できる — 職務の内容・変更の範囲が同一でも、定年後再雇用という「その他の事情」が不合理性判断において大きな意味を持つ。
  3. 年収20〜24%の減額は社会一般の定年後再雇用の慣行と整合 — 運輸業の平均(約68%水準)を上回る79%程度の設計は、不合理とまでは言えない。
  4. 退職金受給と再雇用の組み合わせ — 定年退職者は退職金を受給した上で新たに有期労働契約を結ぶのであり、賃金水準が下がることは制度の性質上やむを得ない。
  5. 個別手当の趣旨からも全体として不合理は否定された — 各手当を個別に検討しても、全体的な賃金水準・差縮め努力・定年後再雇用の性質を考慮すれば不合理とはいえない。
  6. 最高裁での覆し(参考) — 最高裁平成30年6月1日判決(長澤運輸事件)は、本高裁判決と同様に労働契約法20条違反を否定したが、精勤手当・超勤手当については一部差戻し等の処理を行っている(本判決時点の事実のみ記載する)。

6. 法的根拠

条文テーブル

条文 内容 本件での役割
労働契約法20条 有期契約労働者と無期契約労働者の間の不合理な労働条件の相違を禁止 被控訴人らの主位的請求の根拠(違反は否定された)
民法709条 不法行為に基づく損害賠償 被控訴人らの予備的請求の根拠(棄却)
高年齢者雇用安定法 65歳未満の定年設定企業に対する雇用確保措置の義務付け 定年後継続雇用制度を「その他の事情」として評価する際の根拠

関連先例・資料

先例・資料 内容 本件での位置付け
労働契約法施行通達(平成24年8月10日付け基発0810第2号) 定年後継続雇用に20条適用があることを想定 適用範囲の解釈の参考
独立行政法人労働政策研究・研修機構「高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査」(平成26年5月) 定年前後で業務内容等が同じでも賃金引下げが一般的。運輸業の年間給与水準は定年前の平均68.3%(中央値70%) 「その他の事情」として社会的実態を認定する根拠

7. 実務上の示唆

使用者側

労働者側


8. 関連キーワード

長澤運輸事件、労働契約法20条、定年後再雇用、有期労働契約、嘱託社員、不合理な労働条件、均衡待遇、高年齢者雇用安定法、その他の事情、職務の内容、配置の変更の範囲、同一労働同一賃金、最判平30


9. 関連ナレッジ

ナレッジ 関係
ハマキョウレックス事件(最判平成30年) 労働契約法20条違反の判断が示された他の事案
高年齢者雇用安定法の実務 雇用確保措置の選択肢・実務対応
東京海上日動火災保険職種変更事件 職種限定契約と労働条件変更の問題

本ナレッジは判決解説の整理であり、個別の法的助言ではありません。


10. わかりやすい法的根拠解説

本節は、判決の法的根拠を初学者向けに整理した解説です。§6の条文一覧と併読してください。

この事件で何が問題になっていたか(大枠)

60歳で定年退職した後、同じ会社で同じ仕事をしているのに、給料が約20〜24%下がった。これは違法ではないか、というのが本件の中心的な問いです。


① 労働契約法20条とは何か

flowchart TD
  A["有期契約労働者\n(嘱託・パート等)"] -- "同一の使用者の下で" --> C["比較"]
  B["無期契約労働者\n(正社員)"] -- "同一の使用者の下で" --> C
  C --> D{"労働条件の相違が\n不合理かどうか"}
  D -- "不合理" --> E["労働契約法20条違反\n→その部分の定めは無効"]
  D -- "不合理でない" --> F["合法"]

「不合理かどうか」の判断材料(3要素):

  1. 職務の内容(業務の内容・責任の程度)
  2. 職務の内容・配置変更の範囲
  3. その他の事情(1・2以外の広い事情)

② 本件での3要素の評価

要素 本件の事実 評価
①職務の内容 定年前後で変わらない(同じトラック乗務) 同一→格差を正当化する根拠にならない
②変更の範囲 会社の都合で変更あり得る点も同じ 同一→同上
③その他の事情 定年退職後再雇用。退職金受給済み。業界の慣行(定年前の68〜70%が標準)。控訴人は79%程度に設計。一定の改善努力 大きな格差正当化事情あり

→ ①②が同じでも、③「その他の事情」が重視されて、格差は不合理でないと判断されました。


③ 「定年後再雇用は賃金を下げて良い」は絶対ではない

本件の判断が「不合理でない」となったのは、以下の複合的事情があったからです。

flowchart LR
  A["定年後再雇用という\n性質"] --> G["不合理でない"]
  B["業界平均(68.3%)を\n上回る79%設計"] --> G
  C["退職金受給済み\n長期雇用予定なし"] --> G
  D["在職老齢年金・\n高年齢雇用継続給付\nの存在"] --> G
  E["組合との交渉・\n一定の処遇改善"] --> G
  F["本業が赤字\n(賃金コスト抑制の必要性)"] --> G

ただし、本判決後の最高裁(平成30年6月1日判決)では、精勤手当等の個別手当について、より細かく検討し一部差戻しを行っています。「すべての格差が許される」わけではありません。


④ どのような場合に格差が「不合理」とされるか(逆引き的整理)

状況 不合理性の評価
定年後再雇用で職務同一、賃金20〜24%減 不合理でない(本件)
業界平均より大幅に低い賃金水準に設定 不合理の疑いが高まる
特定の手当(精勤手当・通勤手当等)のみを再雇用者に不支給 個別に検討が必要。「趣旨に照らして不合理」となりうる
定年後再雇用で全く別の軽易な業務に異動後も格差を維持 不合理でない方向性が強い(職務差がある)
正社員への登用可能性があるにも関わらず有期での差別的処遇 不合理の可能性が高まる

⑤ 現在の法的枠組みとの関係(参考)

本判決当時(平成28年) 現在(令和2年以降)
労働契約法20条(有期・無期格差禁止) パートタイム・有期雇用労働法8条・9条(均衡・均等処遇)
「不合理と認められる」相違を禁止 同じ趣旨を引き継いだ規定
違反の効果:当該条項無効、損害賠償 同様

本節は判決解説の法的根拠を初学者向けに整理したものです。個別事件の法律相談・訴訟代理ではありません。