平成21(ワ)20155 コナミデジタルエンタテインメント事件(育休復職後の降格・減給)平成23年3月17日 東京地方裁判所
コナミデジタルエンタテインメント事件・解説
概要
裁判所: 東京地方裁判所(裁判官:記載なし)
判決日: 平成23年3月17日
コナミデジタルエンタテインメント株式会社(以下「被告」)のP1社員(年功序列型ではなく役割・成果主義型)であった原告は、産前休業・育児休業(以下「本件育休等」)を取得して復職した際、被告から担務変更(海外ライセンス業務→国内ライセンス業務)・役割グレードの引下げ(B-1→A-9)・年俸減額(640万円→520万円)・裁量労働制の適用排除という4つの不利益措置(以下「本件各措置」)を受けた。原告は、本件各措置が育児・介護休業法10条、雇用機会均等法9条等に違反する人事権濫用であり、女性差別に基づく不法行為であると主張して、差額賃金・慰謝料等の支払を求めた。
裁判所は、差額賃金請求(請求1)については、役割グレードの引下げ等が無効かどうかについて合理的理由・手続の瑕疵に関する判断が困難として棄却したが、復職前の面談における被告担当者の発言が原告の人格権を侵害する不法行為を構成するとして、==慰謝料相当額35万円の限度で不法行為に基づく損害賠償を認容==した。
法的根拠: 民法709条・710条・715条、育児・介護休業法5条・10条・22条、雇用機会均等法9条1項・3項、労働契約法8条
出典: hanrei-pdf-83337.pdf
1. 当事者
原告(労働者)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 地位 | 被告のP1社員(期間の定めのない雇用契約)。平成8年10月入社、平成19年10月にライセンス部へ社内公募で異動 |
| 担当業務 | 海外ライセンス業務(サッカーゲーム用の海外ライセンサーとの契約交渉・監修業務) |
| 役割グレード | 本件育休等前:B-1(年俸640万円)。復職後:A-9(年俸520万円) |
| 請求 | ① 差額賃金158万6844円、② 慰謝料等3300万円、③ 謝罪文交付・HP掲載、④ 就業規則改訂 |
被告(使用者)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 法人 | コナミデジタルエンタテインメント株式会社(電子応用機器関連ソフトウェア等の研究・制作・製造・販売) |
| 人事制度 | P1社員に役割グレード制度(役割の大きさを数値化)・役割報酬+成果報酬の年俸制を適用 |
2. 事実関係
| 時期 | 事実 |
|---|---|
| 平成19年10月 | 原告、社内公募でライセンス部に配置換え。海外ライセンス業務(主にサッカーゲーム用欧州ライセンサー対応)を担当 |
| 平成20年2月 | 原告、妊娠中に欧州出張しライセンス交渉を実施 |
| 平成20年7月16日 | 原告、産前休業開始(同年8月5日長女出産) |
| 平成20年9月30日 | 産後休業終了。10月1日から育児休業開始(本件育休) |
| 平成21年3月 | 被告から育児短時間勤務に係る処遇について質問・回答のやり取り |
| 平成21年4月6日・10日・15日 | 復職前の面談。担当者が「(原告は)もう使えない」等の差別的発言をしたと原告が主張 |
| 平成21年4月16日 | 原告、復職。担当業務を海外ライセンス業務から国内ライセンス業務(業務用麻雀ゲーム等)に変更(本件担務変更) |
| 復職時 | 役割グレードB-1→A-9に引下げ(本件役割グレード引下措置)。年俸640万円→520万円に減額(本件年俸減額措置)。裁量労働制適用排除(本件裁量労働制適用排除措置) |
| 平成22年2月 | 原告、被告を退職 |
3. 争点と判断の流れ
争点① 本件各措置の有効性(差額賃金請求の可否)
| 論点 | 原告の主張 | 被告の主張 | 裁判所の判断 |
|---|---|---|---|
| 担務変更の必要性 | 業務上の必要性がない。偏見に基づく不当な動機 | ライセンサーからのクレーム・業務継続性・国内業務の担当者確保の必要性あり | 本件各措置について正面から有効・無効を判断せず(差額賃金請求を棄却) |
| 役割グレード引下げの根拠 | 就業規則に降格規定なく、同意もない | A-9が担当業務に相応しいグレードで合理的 | 判断を留保 |
| 成果報酬ゼロ査定の適否 | 産休前の就労実績を無視した違法査定 | 休業期間の前後を含め達成成果が乏しかった | 判断を留保 |
| 裁量労働制適用排除 | 育児短時間勤務の申出のみで自動排除は不当 | 時間配分の裁量が失われるため労基法上適用不能 | 判断を留保 |
裁判所は本件各措置の有効・無効の最終判断を留保し、差額賃金請求を棄却した。
争点② 本件各措置・復職前面談の不法行為性(慰謝料請求の可否)
| 論点 | 裁判所の判断 |
|---|---|
| 本件各措置の不法行為性 | 本件各措置が人格権を侵害する不法行為を構成するとまでは認められない |
| 復職前面談での発言の不法行為性 | ==「もう使えない」等の差別的発言は原告の人格的利益を侵害する不法行為を構成する==(35万円認容) |
4. 結論(主文)
- 被告は原告に対し35万円及びこれに対する平成21年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(復職前面談における差別的発言の不法行為を認容)
- 原告のその余の請求(差額賃金・謝罪文・就業規則改訂等)はいずれも棄却
- 訴訟費用は100分の1を被告負担、残余を原告負担
5. 判決のポイント
- 本件各措置の有効・無効を正面から判断しなかった — 裁判所は差額賃金請求について本件各措置の効力判断を回避し、不法行為に基づく慰謝料のみを一部認容するという限定的な判断をした。
- 復職前の差別的発言が不法行為として認定 — 面談での「もう使えない」等の発言が、育休から復職する女性の人格的利益を侵害するとして35万円の慰謝料が認められた。
- 育児・介護休業法10条の「不利益な取扱い」の解釈 — 育休取得を理由とする降格・減給は同条の不利益取扱いに当たりうるが、本件では業務上の必要性との関係で直接の違法性は認定されなかった。
- 成果報酬ゼロ査定の問題 — 均等指針は「妊娠・出産等に係る就労をしなかった期間分を超えて不支給とすること」を不利益取扱いとするが、裁判所はこの点の判断を回避した。
- 裁量労働制の自動排除問題 — 育児短時間勤務申出によって当然に裁量労働制の適用が排除されるかは、現在も実務上の重要論点である(本判決後、最高裁の広島中央保健生活協同組合事件等で関連論点が深化)。
- 役割グレードの降格根拠の明記が重要 — 降格規定のない就業規則下での役割グレード引下げは根拠が曖昧であり、使用者は就業規則に明確な降格規定を整備する必要がある。
6. 法的根拠
請求の法的構成
| 条文 | 内容 | 本件での役割 |
|---|---|---|
| 民法709条・710条 | 不法行為・精神的損害の賠償 | 差別的発言による人格権侵害の賠償根拠 |
| 民法715条 | 使用者責任 | 被告会社の従業員の不法行為に対する使用者責任 |
| 育児・介護休業法10条 | 育児休業取得を理由とする不利益取扱い禁止 | 本件各措置の違法性の根拠として主張(認定留保) |
| 育児・介護休業法22条 | 育休取得後の円滑な復職措置義務 | 原職又は原職相当職への復帰義務との関連 |
| 雇用機会均等法9条1項・3項 | 妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止 | 本件各措置の違法性の根拠として主張(認定留保) |
| 労働契約法8条 | 労働条件の変更には合意が必要 | 年俸減額・裁量労働制変更の根拠不在の主張に使用 |
関連指針(判決文中で引用)
| 指針 | 内容 | 本件での意義 |
|---|---|---|
| 均等指針(平成18年厚労省告示614号) | 均等法9条3項の「不利益取扱い」の具体例(降格・減給・不利益配転等) | 本件各措置が不利益取扱いに該当する可能性 |
| 育介指針(平成16年厚労省令25号) | 育休期間を超えて給与を不利益算定することの禁止 | 成果報酬ゼロ査定の違法性の根拠として主張 |
7. 実務上の示唆
使用者側
- 育休復職後の担務変更・降格・減給を行う場合、業務上の必要性を客観的に記録し、本人への事前説明・意向確認の手続を踏むことが不可欠。
- 就業規則に役割グレードの降格要件・手続を明記しておくことで、根拠なき降格の主張を防げる。
- 復職前の面談では差別的と受け取られる発言(子があるから残業できないなど)を避け、業務上の合理的根拠のみで説明すること。
労働者側
- 育休復職後に不利益措置を受けた場合、育介法10条・均等法9条違反を主張するとともに、復職前後の発言・手続の不備を証拠化することが重要。
- 差額賃金(直接の損害)の立証は困難でも、面談発言等の人格権侵害から慰謝料を請求する余地がある。
8. 関連キーワード
コナミデジタルエンタテインメント事件、育児休業、復職、降格、減給、役割グレード、人事権濫用、育児・介護休業法10条、雇用機会均等法9条、裁量労働制、成果報酬ゼロ査定、不法行為、差別的発言
9. 関連ナレッジ
| ナレッジ | 関係 |
|---|---|
| 雇用契約・男女育児・賃金 判例集 | 育休・妊娠を理由とする不利益取扱いの体系整理 |
| 広島中央保健生活協同組合事件(最判平26.10.23) | 育休復職後の降格の有効性について最高裁が包括的判断基準を示した関連判例 |
本ナレッジは判決解説の整理であり、個別の法的助言ではありません。
10. わかりやすい法的根拠解説
本節は判決の法的根拠を初学者向けに整理した解説です。§6の条文一覧と併読してください。
この事件で何を争っていたか
育児休業から復職したら、担当業務・役職・給与がすべて下げられていました。「育休をとったから格下げされた」という状況が、法律上許されるのかどうかが問われた事件です。
① 育休と復職後の不利益取扱い禁止の枠組み
flowchart TD
A["育児休業の取得"] --> B["復職"]
B --> C{"不利益措置があるか?"}
C -->|"降格・減給・担務変更等"| D{"育休取得と\n不利益措置の\n因果関係があるか?"}
D -->|"あり"| E["育介法10条違反\n→不利益取扱い禁止"]
D -->|"なし(業務上の合理的理由あり)"| F["適法な人事措置"]
C -->|"なし"| G["問題なし"]
本件では:
- 担務変更・役割グレード引下げ・年俸減額・裁量労働制排除という4つの不利益措置が同時に発生
- 被告は業務上の必要性(ライセンサーのクレーム対応、国内業務担当者確保)を主張
- 裁判所は業務上の必要性の有無を直接判断せず、差額賃金請求を棄却
② 復職時に問題となる「原職復帰の原則」
育介指針は「原職又は原職相当職に復帰させることが多く行われていることを配慮すること」と定めています。
| 原職相当職の要件 | 本件での状況 |
|---|---|
| ① 職制上の地位が休業前を下回らないこと | 役割グレードB-1→A-9に下がった |
| ② 職務内容が異なっていないこと | 海外ライセンス業務→国内ライセンス業務(補助的)に変わった |
| ③ 勤務事業所が同一であること | 同一事業所(問題なし) |
→ 要件①②を満たさず、原職相当職への復帰とはいえない状況でした。
③ 成果報酬ゼロ査定の問題
原告は年俸査定期間(前年4月〜本年3月)のうち、産前休暇に入るまでの就労実績があったのに、成果報酬を「ゼロ」と査定されました。
| 均等指針の定め | 内容 |
|---|---|
| 不利益取扱いの例 | 「就労をしなかった期間分を超えて不支給とすること」は違法 |
| 本件の問題点 | 産休前の就労期間(約3か月半)の実績を評価せずゼロ査定 |
→ 指針上は「産休前の就労分まで不支給とするのは違法」とされていますが、本判決はこの点の判断を留保しました。
④ 裁量労働制と育児短時間勤務の関係
| 論点 | 被告の主張 | 問題点 |
|---|---|---|
| 適用排除の理由 | 育児短時間で始業・終業が固定されると「時間配分の裁量」がなくなる | 労基法上、適用除外の際は労働者の同意不要(被告主張) |
| 原告の主張 | 労働契約法8条上、労働条件変更には合意が必要 | 裁量労働制のメリット(自主的時間管理・残業手当込み年俸)を奪われた |
→ この論点は育児短時間勤務を利用する女性への重大な不利益を生じさせる問題として、現在も実務上の課題となっています。
⑤ 争点と条文の対応表(逆引き)
| 争ったこと | 見るべき法理・条文 |
|---|---|
| 育休復職後の降格・減給の適否 | 育介法10条(不利益取扱い禁止)→ 広島中央保健生活協同組合事件(最判平26) |
| 妊娠・出産を理由とする不利益 | 均等法9条3項・均等指針 |
| 年俸変更の合意要件 | 労働契約法8条 |
| 復職後の就労先の原則 | 育介法22条・育介指針第2の7 |
| 面談発言の不法行為性 | 民法709条・710条 |
本節は判決解説の法的根拠を初学者向けに整理したものです。個別事件の法律相談・訴訟代理ではありません。