平成22(ネ)663等 コーセーアールイー採用内定取消事件 平成23年3月10日 福岡高等裁判所
コーセーアールイー採用内定取消事件・解説
概要
裁判所: 福岡高等裁判所第4民事部(裁判長裁判官 廣田民生、裁判官 高橋亮介・塚原聡)
判決日: 平成23年3月10日
不動産売買等を業とする株式会社(控訴人)が、翌年3月に大学卒業予定の新卒者(被控訴人)に対して「内々定」を通知した後、これを取り消した事案。原審は不法行為に基づき85万円を認容したが、高裁は==内々定は始期付解約権留保付労働契約の成立には当たらず、契約締結過程の信義則に照らした不誠実な対応による不法行為のみ認容==し、慰謝料額を20万円・弁護士費用2万円に減額した。
法的根拠: 民法(不法行為・信義則)、労働契約締結過程の法理
出典: hanrei-pdf-82379.pdf
1. 当事者
原告(被控訴人・附帯控訴人)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 地位 | 大学卒業予定の新卒者(就職活動中) |
| 請求 | 債務不履行または不法行為に基づく損害賠償115万5000円(慰謝料100万円、就職活動費5万円、弁護士費用10万5000円) |
| 主張 | 本件内々定は始期付解約権留保付労働契約の成立であり、その取消は履行利益の損害を賠償すべき |
被告(控訴人・附帯被控訴人)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 社名 | コーセーアールイー株式会社(不動産売買等) |
| 主張 | 経済情勢の悪化(マンション在庫増加・資金繰り悪化)によるやむを得ない取消であり、信義則違反はない |
| 経緯 | 平成20年10月1日付けで内定(採用内定通知書交付)することを前提に内々定を通知したが、同年9月30日ころ突然取消通知を送付 |
2. 事実関係
| 時期 | 事実 |
|---|---|
| 平成20年7月7日 | 被控訴人が控訴人に入社承諾書(甲2)を提出 |
| 平成20年7月頃 | 控訴人において、マンション在庫増加・資金繰り悪化を背景に賞与削減・希望退職者募集等の経営改善策を検討開始 |
| 平成20年8月頃 | 取締役会等において新卒採用見直しを含む更なる経営改善策を検討 |
| 平成20年9月25日 | 人事担当者Aが被控訴人及びBに架電。10月2日に採用内定通知書を交付する日程を調整 |
| 平成20年9月30日ころ | 控訴人が突然、本件内々定取消通知を被控訴人に送付 |
| 平成20年10月1日(予定) | 内定通知書交付予定日(実現せず) |
補足事実(内々定後の状況):
- 入社承諾書の返送後、被控訴人は就職活動終了を控訴人に明確に伝えておらず、控訴人も就職活動を止めるよう求めなかった
- 内々定後、社内報等の送付・近況報告提出・研修参加等は求められなかった
- 説明会への参加要請が1回あったのみ
- 被控訴人は、内々定は正式な内定ではなく、翻意される可能性があると認識していた
3. 争点と判断の流れ
争点① 内々定の法的性質(始期付解約権留保付労働契約の成否)
| 当事者の主張 | 内容 |
|---|---|
| 被控訴人 | 入社承諾書提出後に控訴人が入社確実と認識した時点で労働契約が成立。最高裁昭和54年7月20日判決(民集33巻5号582頁)の趣旨からも明らか |
| 控訴人 | 内々定は正式な内定ではなく、確定的な法的効果を伴わない |
高裁の判断:
| 考慮要素 | 認定内容 |
|---|---|
| 内定手続の不備 | 内々定後に具体的労働条件の提示・確認や入社手続等が行われていない |
| 入社承諾書の内容 | 入社を誓約したり企業側の解約権留保を認めるものではない |
| 拘束関係の欠如 | 被控訴人が他社への就職活動を制限されたことはなく、控訴人が被控訴人を入社前提で拘束した関係はうかがわれない |
| 被控訴人の認識 | 内々定は正式な内定でなく、翻意の可能性を認識していた |
| 就職活動の実態 | 内々定を受けながら就職活動を継続する新卒者も少なくなかった |
| 結論 | ==内々定は、内定(確定的な意思の合致)とは明らかにその性質を異にし、企業が他社に流れることを防ごうとする事実上の活動の域を出ない。始期付解約権留保付労働契約は成立しない== |
争点② 信義則違反による不法行為(契約締結過程の法理)
| 論点 | 高裁の判断 |
|---|---|
| 法理の前提 | 契約当事者は締結のための交渉開始時から信頼関係に立ち、共同目的に向かって協力関係にある。この信義則は労働契約締結過程においても同様 |
| 控訴人の不誠実な行為 | ①本件連絡(9月25日に内定通知書交付日程の調整)の当時、内々定取消の可能性があることをAに告知せず、Aが従前の計画どおり連絡してしまった。②本件連絡から5日後・内定書交付予定日の2日前に突然取消通知を送付。③突然の方針変更について何ら説明をしなかった |
| 結論 | 控訴人の対応は労働契約締結過程における信義則に照らし不誠実であり、不法行為が成立する |
争点③ 損害額
| 原審 | 高裁 |
|---|---|
| 慰謝料75万円・弁護士費用10万円=85万円 | 慰謝料20万円・弁護士費用2万円=22万円(減額) |
| 根拠:始期付労働契約成立を前提とした慰謝料額 | 根拠:労働契約は未成立であり、信義則違反に相応した額 |
4. 結論(主文)
- 本件控訴に基づき原判決を変更
- 控訴人は被控訴人に対し22万円(慰謝料20万円+弁護士費用2万円)および平成20年10月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払え
- 被控訴人のその余の請求を棄却
- 被控訴人の附帯控訴を棄却
5. 判決のポイント
- 内々定は労働契約ではない — 内々定は企業が新卒者を他社に流れさせないための事実上の活動の域を出ず、確定的な法的効果(始期付解約権留保付労働契約)を生じさせない。
- 信義則は契約締結過程にも適用される — 正式な契約が成立していなくても、交渉段階から信義則が適用され、一方当事者の不誠実な行為は不法行為を構成しうる。
- 慰謝料は「信頼利益」相当に限定 — 労働契約が成立していない以上、履行利益の賠償はできず、信義則違反による不誠実さに相応した慰謝料(20万円)のみが認容される。
- 突然の方針変更には説明義務がある — 内定書交付日程を調整した5日後に突然取消通知を行い、何ら説明をしなかった点が信義則違反の中核。
- 「囲い込み」の事実上の性質 — 内々定は、正式内定までの間に企業が新卒者を他社に流れないよう囲い込む事実上の行為であり、法的拘束力の発生は認められなかった。
- 大日本印刷・最高裁昭和54年判決との区別 — 同判決は採用内定(正式内定)に関するものであり、内々定段階はその前段階として区別される。
6. 法的根拠
労働契約法理との対応
| 段階 | 法的性質 | 根拠判例 |
|---|---|---|
| 内々定 | 確定的法的効果を伴わない事実上の活動 | 本判決(コーセーアールイー事件) |
| 内定(採用内定通知) | 始期付解約権留保付労働契約の成立 | 大日本印刷事件・最高裁昭和54年7月20日 |
| 就労開始 | 通常の労働関係 | 労働契約法2条 |
信義則・不法行為の法的根拠
| 条文・法理 | 内容 | 本件での役割 |
|---|---|---|
| 民法1条2項 | 信義誠実の原則 | 契約締結過程における信義則の根拠 |
| 民法709条 | 不法行為による損害賠償 | 信義則違反行為に基づく慰謝料請求の根拠 |
| 契約締結上の過失 | 契約締結に向けた交渉を理由なく破棄した場合の賠償(独法理論の日本法への適用) | 信頼利益の賠償を根拠付ける法理として言及 |
先例との関係
| 先例 | 内容 | 本件との関係 |
|---|---|---|
| 最高裁昭和54年7月20日(大日本印刷事件) | 採用内定通知により始期付解約権留保付労働契約が成立 | 内々定は同判決の「内定」には当たらないと区別 |
7. 実務上の示唆
使用者側
- 内々定通知を行っても、正式内定(採用内定通知書交付)前であれば労働契約は成立しないが、信義則は適用される
- 内々定取消にあたっては、可能な限り早期に・丁寧に説明し、突然の方針変更は避ける
- 内々定後に内定書交付日程まで調整しておきながら直前に取り消すのは高リスク
- 信義則違反が認められた場合でも損害額は限定的(信頼利益相当)だが、訴訟・レピュテーションリスクがある
労働者側
- 内々定段階では原則として労働契約上の権利は生じない
- ただし、企業の不誠実な対応(突然かつ説明なしの取消)に対しては慰謝料請求が可能
- 内定書交付日程が調整された後の突然取消は、信義則違反として損害賠償請求の余地がある
8. 関連キーワード
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10. わかりやすい法的根拠解説
本節は、判決の法的根拠を初学者向けに整理した解説です。§6と併読してください。
この事件の核心:「内々定」と「内定」は別物
flowchart LR
A["内々定\n(事実上の活動)"] -->|"正式内定通知書交付"| B["内定\n(始期付解約権留保付\n労働契約の成立)"]
B -->|"就労開始日"| C["通常の労働関係"]
A -->|"本件はここで取消"| D["信義則違反の\n不法行為\n(慰謝料20万円)"]
B -->|"正当な理由なき取消"| E["解雇と同等\n(大日本印刷事件)"]
整理:段階によって法的効果が異なる
| 段階 | 法的効果 | 取消した場合の責任 |
|---|---|---|
| 内々定 | 法的拘束力なし | 信義則違反があれば慰謝料(本判決:20万円) |
| 内定(採用内定通知) | 始期付労働契約成立 | 解雇法理が適用、未払賃金+慰謝料 |
① なぜ内々定では労働契約が成立しないのか
高裁が内々定と内定を区別した理由をまとめると次のとおりです。
| 区別のポイント | 本件内々定の状況 |
|---|---|
| 具体的労働条件の提示・確認があったか | なかった |
| 入社を誓約させる書面があったか | 入社承諾書は誓約書ではなかった |
| 他社への就職活動を制限したか | していない |
| 入社前教育等を行ったか | 全く行われなかった |
| 学生自身の認識 | 翻意の可能性を認識していた |
→ これらの事情から、内々定は「囲い込み」のための事実上の活動であり、確定的な法的拘束関係には至っていないと判断されました。
② 信義則はなぜ適用されるのか
「契約が成立していないなら自由に断れる」と思うかもしれませんが、日本の法律では、交渉を開始した時点から当事者は信義則に縛られると解されています。
本件で不誠実とされた行為のポイント:
- 内々定取消の可能性があることを知っていたのに人事担当者Aに伝えなかった
- Aが被控訴人に内定通知書交付の日程まで調整した(9月25日)
- その5日後・交付予定日の2日前に突然取消通知を送付(9月30日)
- 突然の方針変更について何の説明もしなかった
「もっと早く言えたはず」という点が決め手でした。
③ 損害額の考え方
| 損害の種類 | 原審(85万円) | 高裁(22万円) |
|---|---|---|
| 考え方 | 労働契約成立を前提とした慰謝料 | 信義則違反(不誠実)に相応した慰謝料 |
| 慰謝料 | 75万円 | 20万円 |
| 弁護士費用 | 10万円 | 2万円 |
高裁は「信頼利益(信じて行動した損失)の賠償」にとどまると判断しました。就職活動費は立証が不十分として認容されませんでした。
④ 争点と法理の対応表(逆引き)
| 争った点 | 参照すべき法理・判例 |
|---|---|
| 内々定は労働契約か | 本判決(コーセーアールイー事件)— 契約不成立 |
| 正式な内定は労働契約か | 大日本印刷事件・最高裁昭和54年7月20日 |
| 契約成立前の信義則 | 民法1条2項・契約締結上の過失の法理 |
| 慰謝料の範囲 | 信頼利益相当にとどまる(履行利益は不可) |
| 突然の方針変更の問題 | 説明義務・内々定取消時期の信義則 |
本節は判決解説の法的根拠を初学者向けに整理したものです。個別事件の法律相談・訴訟代理ではありません。