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平成16(ネ)2029号等 ノイズ研究所事件(成果主義賃金制度・就業規則不利益変更)平成18年6月22日 東京高等裁判所第21民事部

ノイズ研究所事件・解説

概要

裁判所: 東京高等裁判所第21民事部(裁判長裁判官:浜野惺、裁判官:高世三郎・遠藤真澄)

判決日: 平成18年6月22日

電磁環境両立性(EMC)試験機メーカーである株式会社ノイズ研究所(控訴人)が、年功序列型賃金制度から成果主義型賃金制度へ就業規則(給与規程等)を変更した際、変更後の新賃金制度の下で降格・賃金減額となった3名の従業員(被控訴人ら)が差額賃金等の支払を求めた事案。原審は被控訴人らの一部請求を認容したが、高裁は原判決を取り消し被控訴人らの全請求を棄却した。==高度な経営上の必要性、合理的な制度内容、誠実な交渉経過、経過措置(代償措置)を総合考慮し、就業規則の不利益変更に合理性を認めた==。

法的根拠: 労働基準法89条(就業規則の作成・届出)、就業規則不利益変更の合理性(秋北バス事件・最大判昭43.12.25等の法理)

出典: hanrei-pdf-33273.pdf


1. 当事者

被控訴人ら(従業員・1審原告)

氏名 入社時期 新賃金制度導入時の地位 変更による影響
被控訴人甲 昭和55年入社 製造部資材購買課主任(満40歳) 4等級15号俸に格付け、基本給33万1800円→25万9750円に減額
被控訴人乙 昭和56年入社 生産管理部生産技術課係長(満47歳) 6等級15号俸に格付け、基本給33万9000円→29万9450円に減額
被控訴人丙 平成3年入社 製造部商品検査課主任(満39歳) 5等級15号俸に格付け、基本給31万1200円→27万6450円に減額

被控訴人らはいずれもa労働組合b支部・c分会の組合員(過半数組合ではない)。

控訴人(使用者・1審被告)

項目 内容
商号 株式会社ノイズ研究所
事業内容 EMC試験機等の製造・販売、EMC障害対策事業等
規模 正社員91名(新賃金制度移行時)
経営状況 平成8年以降売上減少。税引前損益は平成11年に約1億円の損失、平成12年に約1億6000万円の損失

2. 事実関係

時期 事実
昭和56年4月1日 就業規則制定。職能資格制度に基づく年功型賃金制度(旧賃金制度)を運用
平成8年以降 EMC試験機市場のグローバル化・海外メーカーとの競争激化で売上減少。平成12年度税引前損益が約1億6000万円の損失
平成12年初頭〜春 控訴人が機能分掌組織を事業部制に変更、本社と事業所の統合・移転、経営陣刷新断行。賃金制度抜本改革の検討着手
平成12年12月1日 各従業員に「賃金制度改訂について」と題する書面を交付し、年功序列型から職務給・成果主義への移行方針を公表
平成13年2月〜3月 本社・各事業所で説明会開催
平成13年4月1日 給与規程等を改定(本件給与規程等の変更)・即日実施。職務給運用細則・業務分掌規程等も制定
平成13年4月以降 控訴人と被控訴人ら所属組合との間で7回以上の団体交渉。①調整手当支給対象者の全額相当分を基本給に上乗せする方式で一定合意に達したが、年齢給の一律3000円付加問題で決裂
平成13年4月1日付 辞令 被控訴人らに新賃金制度での職務等級格付けを通知。役付手当・地域手当も廃止
平成13年度〜14年度 調整手当(1年目100%・2年目50%)支給。平成15年度からゼロ

新賃金制度の主な特徴(旧制度との比較):

項目 旧賃金制度(年功型) 新賃金制度(成果主義型)
基本給の構成 年齢給+職能給 年齢給+職務給
職能給 7等級、いったん到達した等級は原則引き下げなし 廃止
職務給 なし 1等級〜10等級(範囲給/単一給)、昇格加給・降格減給あり
降格 55歳以上の見直し以外は事実上なし 毎年4月に昇格・降格可能。2年連続C評価で昇給なし

3. 争点と判断の流れ

争点① 就業規則の不利益変更該当性

裁判所は、旧賃金制度では降格が制度上予定されていなかったが、新賃金制度では降格・降給が生じ得る構造に変わったことを認め、就業規則の不利益変更に当たると認定した(控訴人の「不利益変更ではない」との主張を排斥)。

争点② 就業規則不利益変更の合理性(メインの争点)

裁判所は秋北バス事件以来の判例法理を適用して、以下の諸事情を総合考慮した。

考慮要素 本件の評価
変更の必要性の内容・程度 市場のグローバル化・海外メーカーとの競争激化で売上急減・大幅赤字。高度の経営上の必要性があった
変更後の内容の相当性 職務の重要性に応じた処遇・昇格/降格可能・平等な機会という構造は、必要性に見合った相当な内容。人事評価制度も最低限の合理性を備えている
賃金原資総額との関係 91名のうち77名が賃金増額(14名が減額)。賃金原資総額は143万6400円増加。減少していない
労働組合等との交渉経緯 7回以上の団体交渉。①の修正案で労使合意寸前まで至ったが、組合が年齢給一律3000円付加を最後まで譲らず決裂。控訴人側に不誠実な態度はなかった
代償措置・経過措置 1年目は差額全額の調整手当を支給、2年目は50%を支給。3年目からゼロ。「いささか性急で柔軟性に欠ける嫌いがないとはいえない」ものの、それなりの緩和措置としての意義を有する
不利益の程度 調整手当支給対象者11名(平均年齢約40.3歳)。3年後の不利益は大きい可能性あり
他の従業員の対応 91名中77名が増額。32歳以下で減額者なし

総合判断: 不利益性はあるが、高度の必要性に基づく合理的な内容であり、交渉経緯・緩和措置等を総合考慮すると、不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の合理性を有する

→ 本件給与規程等の変更は有効。被控訴人らの全請求を棄却。

争点③ 就業規則・労働協約違反の主張(被控訴人らの副次的主張)

争点④ 格付けの違法性

被控訴人らは仮に変更が有効でも格付けが不当と主張したが、裁判所は訴えの変更(不法行為による損害賠償請求への切替え)が行われなかったとして「主張自体失当」とした上で、裁量権の逸脱・濫用は認められないとした。


4. 結論(主文)


5. 判決のポイント

  1. 成果主義賃金制度への移行も不利益変更に当たりうる — 賃金総額が増加していても、個々の従業員に現実的な減額の可能性がある制度への変更は不利益変更に該当する。
  2. 高度の経営上の必要性が合理性判断の核心 — 市場競争の激化・大幅な赤字という客観的経営状況が認定されれば、賃金制度の抜本変更の高度の必要性は認められる。
  3. 人事評価制度の最低限の合理性 — 成果主義賃金制度の合理性を肯定するためには、人事評価制度自体の合理性(評価基準・方法・訓練の実施等)が最低限必要である。なお更に改善されることが望ましいとも付言している。
  4. 誠実な団体交渉経緯が合理性を補強 — 使用者が誠実に交渉し、組合との合意成立に努めた事実は、合理性を基礎付ける事実となる。
  5. 経過措置は「それなりの意義」にとどまっても合理性を否定しない — 経過措置がいささか性急・柔軟性に欠けても、合理性全体を否定するには至らない。
  6. 格付けの違法性は別訴訟類型で争うべき — 就業規則変更の有効を前提として格付けの不当を争う場合は、不法行為による損害賠償請求として構成する必要があり、差額賃金請求として構成するのは失当。

6. 法的根拠

条文テーブル

条文 内容 本件での役割
労働基準法89条 就業規則の作成・届出義務(賃金決定・計算・支払方法等を記載) 就業規則性を有する給与規程等の変更の要件
就業規則(給与規程等) 賃金決定・計算・支払の方法 変更の対象となった規範

引用先例テーブル

先例 裁判所・日付 本件での引用(要旨)
秋北バス事件 最大判昭和43年12月25日 就業規則の不利益変更は合理性があれば同意なく効力を生ずる(不利益変更法理の基礎)
最高裁平成4年7月13日 最二小昭和61年(オ)581号 不利益変更の合理性判断の総合考慮要素を示した先例(判タ797号42頁)
最高裁平成9年2月28日 最二小平成4年(オ)2122号 賃金・退職金等重要な労働条件の不利益変更には高度の必要性が必要
最高裁平成12年9月7日 最一小平成8年(オ)1677号 不利益変更法理の総合考慮要素
最高裁平成13年3月13日 最三小平成12年(受)192号 団体交渉が決裂した場合の合意の効力

7. 実務上の示唆

使用者側

労働者側


8. 関連キーワード

ノイズ研究所事件、就業規則不利益変更、成果主義、職務給、職能給、年功序列、秋北バス事件、合理性、高度の必要性、経過措置、調整手当、団体交渉、人事考課、降格、EMC


9. 関連ナレッジ

ナレッジ 関係
第四銀行事件 就業規則不利益変更の合理性判断の先例
秋北バス事件 不利益変更法理の基礎判例
フジ興産事件 就業規則の周知要件

本ナレッジは判決解説の整理であり、個別の法的助言ではありません。


10. わかりやすい法的根拠解説

本節は、判決の法的根拠を初学者向けに整理した解説です。§6の条文一覧と併読してください。

この事件で何が問題になっていたか(大枠)

会社が「成果主義賃金制度」を導入しました。賃金制度が変わったことで、一部の従業員の給料が下がりました。給料を下げるような就業規則の変更は原則として許されないはずですが、では、どのような場合に例外として認められるのでしょうか。


① 就業規則の不利益変更とは何か

flowchart TD
  A["就業規則の変更\n(賃金制度の変更)"] --> B{"労働者にとって不利益か"}
  B -- "不利益あり" --> C["原則:個々の同意がなければ\n効力を生じない"]
  C --> D{"合理性はあるか?"}
  D -- "合理性あり" --> E["例外:同意がなくても\n全員に効力を生ずる"]
  D -- "合理性なし" --> F["変更は無効\n旧規則が継続適用"]
  B -- "不利益なし" --> G["通常の変更手続で\n効力を生ずる"]

「合理性」があるかどうかが全てです。 では合理性をどう判断するか。


② 合理性を判断する7つの考慮要素

裁判所が示した判断枠組みは、以下の要素を総合考慮するものです。

考慮要素 本件での評価(まとめ)
① 不利益の程度 11名が減額(平均年齢約40歳)。3年後は補填なし
② 変更の必要性の内容・程度 大幅赤字。高度の経営上の必要性あり (重視)
③ 変更後の内容の相当性 職務の重要性に応じた処遇・平等な機会。相当 (重視)
④ 代償措置・他の労働条件の改善 2年間の調整手当支給(性急とも言える)。一定の意義
⑤ 労働組合等との交渉経緯 7回超の団体交渉。使用者側に誠実さ。組合が合意直前で追加要求 (重視)
⑥ 他の労働者の対応 91名中77名が賃金増額。32歳以下に減額者なし
⑦ 社会一般の状況 バブル崩壊後、成果主義移行は大きな社会的流れ

→ ①で不利益はあるが、②〜⑦を総合すると合理性あり、と判断。


③ 旧賃金制度と新賃金制度の違い(イメージ)

flowchart LR
  subgraph 旧制度(年功型)
    A1["基本給 = 年齢給 + 職能給"]
    A2["職能給:一度上がると原則下がらない"]
    A3["長く勤めるほど賃金が上がる"]
  end
  subgraph 新制度(成果主義型)
    B1["基本給 = 年齢給 + 職務給"]
    B2["職務給:毎年昇格も降格もあり"]
    B3["担当職務と業績次第で上下する"]
  end
  旧制度(年功型) -- "就業規則変更\n(本件の争点)" --> 新制度(成果主義型)

④ 成果主義賃金制度導入に必要な4つの条件(実務的まとめ)

条件 内容 本件での充足状況
高度の経営的必要性 赤字・競争激化等の客観的事情 大幅赤字で充足
合理的な制度設計 降格/昇格基準・人事評価制度の整備 最低限の合理性を備えると認定
誠実な労使交渉 組合と誠実に交渉し合意形成に努めた 7回超の交渉で充足
代償措置 調整手当等による減額分の一定期間補填 2年間の補填。「性急」との留保付きで充足

⑤ 争点と条文の対応表(逆引き)

争ったこと 見るべき法理・条文
就業規則の不利益変更が有効か 秋北バス事件以降の判例法理 → 現・労働契約法10条
制裁手続によらない降格は違法か 就業規則51条・52条(制裁規定)の解釈
組合との合意なく変更を強行したか 労働協約の解釈・団体交渉義務
格付けが不当か 使用者の裁量権逸脱・濫用 → 不法行為(民法709条)で構成すべき

本節は判決解説の法的根拠を初学者向けに整理したものです。個別事件の法律相談・訴訟代理ではありません。