平成8(オ)1026 日本電信電話事件(訓練期間中の年休と時季変更権)平成12年3月31日 最高裁判所第二小法廷
日本電信電話事件・最高裁判決解説
概要
裁判所: 最高裁判所第二小法廷(裁判長:福田博、裁判官:河合伸一・北川弘治・亀山継夫)
判決日: 平成12年3月31日
日本電信電話株式会社(NTT)の従業員が、社内訓練施設における1か月弱の集合訓練期間中に1日の年次有給休暇を請求したところ、使用者が時季変更権を行使した事案。上告審では、==集中的に高度な知識・技能の修得を目的とする集合訓練中の年休請求に対し、欠席により予定された修得に不足が生ずるおそれが高い場合、使用者は時季変更権を行使できる==との規範を示した。
法的根拠: 労働基準法39条4項(当時)
事件番号: 平成8年(オ)第1026号(上告審)
出典: 裁判所ウェブサイト判例情報等
1. 当事者
原告(被上告人)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 地位 | 日本電信電話株式会社・立川ネットワークセンタ交換課 勤務。工事主任として電話交換機保守業務に従事 |
| 入社 | 昭和39年4月1日、日本電信電話公社に雇用 |
| 請求 | 時季変更権行使の違法確認。けん責処分無効確認・定期昇給額減額分の賃金支払 |
被告(上告人)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 地位 | 日本電信電話株式会社(昭和60年4月1日、日本電信電話公社の一切の権利・義務を承継して設立) |
| 主張 | 訓練中の年休取得は事業の正常な運営を妨げる。時季変更権行使は適法 |
2. 事実関係
| 時期 | 事実 |
|---|---|
| 平成元年11月1日〜29日 | 上告人設置の中央電気通信学園において「保全科ディジタル交換機応用班」の集合訓練(本件訓練)実施 |
| 本件訓練の目的 | ディジタル交換機の故障解析・異常時の回復措置に必要な高度な知識・技能の修得。各職場の代表として参加し、習得内容を職場に還元することが目的 |
| 枠の割当て | 立川ネットワークセンタには本件訓練コース1名分のみ割当て。被上告人が交換課唯一の代表として参加 |
| 共通線講義 | 従前3時限から6時限に増やされた重要講義。11月21日(4時限)・22日(2時限)に予定 |
| 平成元年11月18日 | 被上告人が交換課課長に組合休暇願(11月21日付け)を提出 |
| 平成元年11月20日 | 所長から組合休暇は認められない旨の回答。被上告人は年休を請求 |
| 平成元年11月20日 | 使用者が時季変更権を行使(翌21日の年休を認めない) |
| 平成元年11月21日 | 被上告人が本件訓練を欠席(共通線信号処理の4時限の講義を受けず) |
| 平成元年11月22日 | 被上告人は残り2時限の共通線講義を受講。本件訓練はおおむね普通以上の評価で終了 |
| 平成元年12月19日 | 使用者がけん責処分(無断欠勤理由)。定期昇給額の4分の2減額・1日分の賃金削減 |
3. 争点と判断の流れ
争点① 訓練期間中の年休請求に対する時季変更権行使の適否
| 審級 | 判断 |
|---|---|
| 原審 | 訓練中の年休の可否は諸般の事情を総合的に考量して判断すべき。本件では教科書による自習が可能、翌22日の2時限受講で補完可能、被上告人の職歴・知識等を考慮すると訓練目的の達成を困難にするとまでは認められない → 時季変更権行使は違法 |
| 最高裁 | 原審の判断のうち右認定部分は是認できない。時季変更権行使は適法(ただし差戻し審でさらに審理) |
最高裁が示した規範
| 論点 | 最高裁の判断 |
|---|---|
| 訓練への参加は業務 | 職員に技術革新に即応した知識を修得させ、各職場の業務改善・向上に資することは事業遂行上必要な業務 |
| 訓練期間中の年休一般論 | 訓練参加中の年休取得が直ちに事業の正常な運営を妨げるとはいえない |
| 集中訓練の特則(要旨) | ==集中的に高度な知識・技能を修得させる目的の集合訓練においては、特段の事情のない限り、欠席により予定された知識・技能の修得に不足を生じさせる。この種の訓練中に年休が請求された場合、欠席しても予定された修得に不足が生じないと認められない限り、使用者は時季変更権を行使できる== |
| 自習・補完の評価 | 通常、教科書による自習で4時限の講義と同程度の修得は困難。また、自習するかは被上告人の意思次第であり、時季変更権行使時に自習を前提とすることは許されない |
| 訓練終了結果の評価 | 訓練終了後の評価(普通以上)は、時季変更権行使時点では予見できない事情。修得不足がなかったことを直ちに裏付けない |
4. 結論(主文)
- 原判決を破棄
- 本件を東京高等裁判所に差し戻す
- 被上告人が欠席した講義において修得が予定されていた知識・技能をあらかじめ有していたと認められるか等について更に審理。時季変更権行使の要件の有無を判断させる。また、時季変更権行使が不当労働行為に当たるか否か、けん責処分が懲戒権の濫用に当たるか否かについても審理させる
- 裁判官全員一致
5. 判決のポイント
- 訓練への参加は業務 — 使用者が職員を訓練・研修に参加させることは事業場の業務であり、年休請求との関係で時季変更権の対象となる。
- 集中訓練中の年休には特別の基準 — 一般の業務中の年休とは異なり、集中的な集合訓練では欠席が修得不足を生じさせる蓋然性が高く、時季変更権行使が認められやすい。
- 自習可能性は時季変更権行使時に考慮できない — 自習するかは労働者の意思次第であり、使用者は自習を前提として時季変更権行使を否定することはできない。
- 事後の訓練結果は遡及して行使を違法にしない — 訓練終了時の評価が良好だったことは、時季変更権行使の時点では予見不可能な事情であり、行使の適否を左右しない。
- 「あらかじめ修得済み」は特段の事情 — 欠席しても修得不足が生じないというためには、当該労働者が訓練内容をすでに習得済みであるような特段の事情が必要。
- 不当労働行為・懲戒権濫用の判断は差戻し — 時季変更権の適法性判断は最高裁が示したが、不当労働行為該当性や懲戒権の濫用については差し戻し審で審理される。
6. 法的根拠
関係条文
| 条文 | 内容 | 本件での役割 |
|---|---|---|
| 労働基準法39条4項(当時) | 「事業の正常な運営を妨げる場合」の時季変更権 | 使用者の時季変更権の根拠規定(現行39条5項) |
| 就業規則 | 「上長の命令に服さないとき」「職場規律に違反する行為」 | けん責処分の懲戒事由 |
引用先例・関連判例
| 先例 | 関係 |
|---|---|
| 時事通信社事件(最判平成4年6月23日) | 長期連続年休と時季変更権の裁量的判断。本件と同一論点の先例(参考) |
7. 実務上の示唆
使用者側
- 集合訓練・研修中に年休請求がされた場合、訓練の目的・内容・当該日の講義の重要性を具体的に評価した上で時季変更権の行使を判断する。
- 「教科書がある」「他の日に補完できる」等の主張は、時季変更権行使の違法根拠にはならない(自習の確実性・同程度の効果が保証されないため)。
- 時季変更権行使の記録(具体的理由・訓練の目的・内容の説明)を保存する。
労働者側
- 訓練中の年休を取得したい場合は、欠席する日の講義内容についてすでに十分な知識・技能を有していることを具体的に示すことが重要。
- 「あらかじめ修得済み」の事情(職歴・資格・経験)を積極的に主張・立証する。
8. 関連キーワード
日本電信電話事件、NTT、年次有給休暇、時季変更権、集合訓練、研修、ディジタル交換機、事業の正常な運営、自習、修得不足、けん責処分、定期昇給減額、労働基準法39条
9. 関連ナレッジ
| ナレッジ | 関係 |
|---|---|
| 時事通信社事件(19042) | 長期連続年休と時季変更権。本件と比較して理解する |
| 沼津交通事件(19009) | 年休取得を理由とする不利益取扱いの限界 |
本ナレッジは判決解説の整理であり、個別の法的助言ではありません。
10. わかりやすい法的根拠解説
本節は、判決の法的根拠を初学者向けに整理した解説です。§6の条文一覧と併読してください。
この事件で何を争っていたか(大枠)
NTTの従業員が、約1か月の集合訓練(ディジタル交換機の保守技術)の期間中に、重要な講義が4時限予定されていた日の年次有給休暇を請求しました。会社が時季変更権を行使したにもかかわらず訓練を欠席したため、けん責処分と定期昇給額の削減を受け、その有効性が争われました。
① 訓練中の年休はどう判断されるか
flowchart TD
A["集合訓練期間中に\n年休請求"] --> B{"欠席しても\n予定された\n知識・技能の修得に\n不足が生じないか"}
B -->|"不足が生じない\nと認められる\n(特段の事情あり)"| C["時季変更権の行使\n不可"]
B -->|"不足が生じるおそれが高い\n(原則)"| D["時季変更権の行使\n可能"]
C --> E["年休成立\n欠席は適法"]
D --> F["年休不成立\n欠席は無断欠勤"]
訓練中の年休取得は、一律に禁止されるわけではありません。重要なのは「欠席により予定された知識・技能の修得に不足が生ずるか」という観点です。
② なぜ「教科書があるから自習できる」では足りないのか
原審は「教科書があるから自習可能、翌日の2時限で補完可能」と判断しましたが、最高裁はこれを否定しました。
| 原審の論理 | 最高裁の否定 |
|---|---|
| 教科書があるから自習できる | 通常、自習で講義と同程度の修得は困難 |
| 翌日の2時限で補完できる | 6時限のうち最初の4時限を欠けば不足は明らか |
| 実際に普通以上の評価で終了した | 時季変更権行使時点では予見できない事情 |
| 被上告人の職歴・担当業務から知識あり | 即断はできない(あらかじめ修得済みとは限らない) |
最大のポイント: 「自習するかどうか」は労働者の意思次第です。使用者は、自習が行われることを前提として時季変更権行使を否定することは許されません。自習しない場合を想定した事業運営への影響を考慮することが許されます。
③ 集中訓練と通常業務の違い
| 通常業務 | 集中集合訓練(本件) | |
|---|---|---|
| 代替性 | 代替できることも多い | 原則として非代替的 |
| 欠席の影響 | 業務の遅延・影響が中心 | 知識・技能の修得不足(質的問題) |
| 時季変更権の判断 | 個別事情を総合考量 | ==欠席で修得に不足が生じないと認められない限り変更権行使可== |
この「集中訓練の特則」が本判決の核心です。集合訓練は、教科書の自習では代替できない高度な集中的習得の場として、特別な位置づけが与えられています。
④ 「特段の事情」とは何か
時季変更権が行使できない例外(特段の事情)は、主に次のような場合です。
- 当該労働者がすでに欠席する日の講義内容を十分に習得済みであること
- 欠席する講義の内容が訓練全体の中で軽微・補完的なものであること
- 他の手段(翌日の受講・自習)で確実に補完できることが客観的に明らかなこと
本件では、共通線信号処理は重要度が高く(3時限から6時限に増加)、被上告人が交換課唯一の代表として参加していたことから、特段の事情は認められませんでした。
⑤ 争点と条文の対応表(逆引き)
| 争ったこと | 見るべき法理・条文 |
|---|---|
| 訓練参加が業務かどうか | 業務遂行義務(労働契約) |
| 訓練中の年休取得可否 | 労基法39条4項(現5項)・時季変更権 |
| 欠席が修得不足を招くか | 日本電信電話事件の特則 |
| 自習可能性の評価 | 日本電信電話事件(自習を前提にできない) |
| けん責処分の有効性 | 懲戒権濫用禁止(労働契約法15条・差戻し審判断) |
| 不当労働行為 | 差戻し審で判断 |
本節は判決解説の法的根拠を初学者向けに整理したものです。個別事件の法律相談・訴訟代理ではありません。