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平成7(オ)2029 三菱重工長崎造船所事件(労働時間の定義・準備行為の労働時間性)平成12年3月9日 最高裁判所第一小法廷

三菱重工長崎造船所事件・最高裁判決解説

概要

裁判所: 最高裁判所第一小法廷(裁判長:遠藤光男、裁判官:小野幹雄・井嶋一友・藤井正雄・大出峻郎)

判決日: 平成12年3月9日

事案の要旨: 造船所に勤務する労働者らが、所定労働時間の前後に行っていた作業服・保護具等の装着・脱離および更衣所から準備体操場までの移動、副資材等の受出し・散水について、これらが労働基準法上の労働時間に該当するとして、割増賃金等の支払を求めた事案。最高裁は、==労働基準法上の労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間該当性は客観的に定まるものであって、労働契約・就業規則・労働協約等の定めによって左右されない==という重要原則を確立した。

法的根拠: 労働基準法32条(労働時間)、同37条(割増賃金)

出典: hanrei-pdf-18843.pdf


1. 当事者

原告(被上告人)

項目 内容
地位 被上告人ら(被上告人Bの関係では同訴訟被承継人C)、上告人のD造船所に勤務する従業員
就業場所 D造船所(一般部門従業員)
請求内容 所定労働時間外の準備行為等に係る割増賃金の支払

被告(上告人)

項目 内容
地位 使用者(D造船所の経営会社)
主張 装着・移動等は所定労働時間外の行為であり、就業規則上労働時間とは扱われていない

2. 事実関係(原審確定)

時期 事実
昭和48年6月当時 被上告人らは上告人に雇用されD造船所に勤務
同時期・就業規則 一般部門の労働時間:午前8時〜正午・午後1時〜午後5時。始業に間に合うよう更衣等を完了して作業場に到着し所定時刻に実作業を開始、終業後に更衣等を行う旨定める
同時期・勤怠把握 始終業の勤怠は「更衣を済ませ始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否か」「終業時に作業場にいるか否か」を基準として判断
保護具等の装着義務 実作業に当たり、作業服のほか所定の保護具・工具等の装着を義務付け。怠ると懲戒処分・就業拒否・成績考課への影響あり
受出し・散水の義務 造船現場作業従事者は副資材・消耗品等の受出しを始業時刻前に義務付け。鋳物関係従事者は粉じん防止のため始業時刻前に月数回散水を義務付け
昭和48年6月1〜30日の行為 ①始業前に更衣所等で作業服・保護具等を装着し準備体操場まで移動、②始業前に副資材等の受出し・散水、③終業後に作業場等から更衣所等まで移動して作業服・保護具等を脱離

3. 争点と判断の流れ

争点① 労働基準法上の「労働時間」の定義

審級 判断
原審 準備行為等の時間は労働時間に該当するとして請求を一部認容
最高裁 原審の判断を是認。==労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、該当するか否かは客観的に定まるものであって、労働契約・就業規則・労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない==(【要旨一】)

争点② 事業所内での準備行為等の労働時間性

行為 最高裁の判断
作業服・保護具等の装着(更衣所等) 使用者から義務付けられ、怠ると懲戒等の不利益を受ける → 使用者の指揮命令下にある
更衣所等から準備体操場までの移動 上記装着の延長として同様に指揮命令下にある
副資材等の受出し・散水 始業時刻前に上長の指示で義務付けられた行為 → 指揮命令下にある
終業後の作業服・保護具等の脱離等 実作業終了後も更衣所等で脱離等を終えるまで指揮命令下にある

争点③ 「就業を命じられた業務の準備行為等」の扱い

論点 最高裁の規範(【要旨二】)
準備行為等の取扱い 就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内で行うことを義務付けられ、またはこれを余儀なくされた場合、所定労働時間外に行うものとされていても、特段の事情のない限り使用者の指揮命令下にある
「社会通念上必要」の要件 当該行為に要した時間が社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当する
被上告人らの各行為 各行為に要した時間は社会通念上必要と認められ、労働時間に該当するとした原審の判断を正当として是認

4. 結論(主文)


5. 判決のポイント

  1. 労働時間の客観的定義の確立 — 「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」が労働時間であり、契約・規則の定め方に関係なく客観的に決まるという原則を最高裁が明示。
  2. 労働時間性は「契約で決めるもの」ではない — 労働契約・就業規則・労働協約の規定内容は、労働時間該当性の判断を左右しない。強行規定として機能する。
  3. 義務付けられた準備行為は原則として労働時間 — 事業所内で保護具等の装着を義務付けられており、怠ると懲戒等の不利益を受ける場合、その行為時間は労働時間に該当する。
  4. 「余儀なくされた」場合も同様 — 明示の義務付けだけでなく、事実上余儀なくされた場合も同様に扱われる。
  5. 「社会通念上必要と認められる時間」の限定 — 無制限ではなく、社会通念上必要な範囲が労働時間として認められる。
  6. 始業前・終業後の時間の扱い — 就業規則上「始業前に更衣完了」と定められていても、更衣行為そのものの時間は労働時間に含まれる可能性がある。
  7. 本判決が後続判例の基礎 — 大星ビル管理事件(平成14年)、大林ファシリティーズ事件(平成19年)など仮眠時間・住み込み管理員の労働時間性判断において本判決の定義が引用され続けている。

6. 法的根拠

主要条文

条文 内容 本件での役割
労働基準法32条 法定労働時間(1日8時間・1週40時間)の上限規制 「労働時間」の定義の根拠条文
労働基準法37条 法定時間外労働・深夜労働に対する割増賃金の支払義務 準備行為時間が労働時間と認定された場合の割増賃金請求の根拠
労働基準法改正前(昭和62年法律第99号改正前) 本件当時の32条の適用 改正前の条文を前提とした判断

判示された先例・引用

先例 裁判所・日付 本件での引用
本判決が確立した規範 最判平成12年3月9日(本件) 【要旨一】労働時間の客観的定義・【要旨二】準備行為の労働時間性を確立

後続判例との接続

判例 本判決の引用
大星ビル管理事件(最判平成14年2月28日) 仮眠時間の労働時間性を判断する際に本判決の定義を引用
大林ファシリティーズ事件(最判平成19年10月19日) 住み込み管理員の不活動時間の労働時間性判断に引用

7. 実務上の示唆

使用者側

労働者側


8. 関連キーワード

三菱重工長崎造船所事件、労働時間の定義、指揮命令下、客観的判断、準備行為、保護具装着、更衣時間、副資材受出し、散水、社会通念上必要、労働基準法32条、割増賃金、始業前行為、終業後行為


9. 関連ナレッジ

ナレッジ 関係
大星ビル管理事件(仮眠時間の労働時間性) 本判決の定義を引用した後続判例
大林ファシリティーズ事件(住み込み管理員の労働時間性) 本判決の定義を引用した後続判例

本ナレッジは判決解説の整理であり、個別の法的助言ではありません。


10. わかりやすい法的根拠解説

本節は、判決の法的根拠を初学者向けに整理した解説です。§6の条文一覧と併読してください。

この事件で何を争っていたか(大枠)

造船所の労働者たちが、就業規則上の「始業時刻」の前後に行っていた着替えや保護具の装着、資材の受出しなどの時間について、「これは残業代(割増賃金)の対象になる労働時間か」を争いました。

会社側は「就業規則の労働時間の定め方からして、これらは労働時間には含まれない」と主張しましたが、最高裁はこれを退けました。


① 「労働時間」とは何か — 本判決が示した定義

flowchart TD
  A["労働時間とは?"] --> B["労働者が使用者の\n指揮命令下に置かれている時間"]
  B --> C["判断基準:客観的事実"]
  C --> D["労働契約・就業規則・\n労働協約の定めは\n判断を左右しない"]
  D --> E["義務付けられた行為か?\n余儀なくされた行為か?"]
  E -->|"YES"| F["社会通念上必要な\n時間であれば\n労働時間に該当"]
  E -->|"NO"| G["労働時間に\n該当しない"]

ポイントは「客観的に定まる」という点です。

会社が「これは労働時間でない」と就業規則に書いても、実態として労働者が義務付けられた行為をしていれば、法的には労働時間になります。これは労働基準法が「強行法規」だからです。


② 本件の「準備行為」が労働時間になった理由

行為 なぜ労働時間か
作業服・保護具の装着 会社が義務付け、怠ると懲戒処分・就業拒否・賃金減収のおそれがあった
更衣所→体操場の移動 装着後の必然的な移動であり、義務付けの延長
副資材の受出し・散水 上長の指示により始業前に行うことを義務付けられていた
終業後の脱衣・後片付け 実作業終了後も脱離等を終えるまで指揮命令下にある

わかりやすいたとえ: 「工場の門が開いてから、着替えて、保護具をつけて、道具を取ってきて、ようやく仕事開始」という一連の流れ全体が会社の管理下であれば、「着替えの時間」も会社のルールに縛られた時間です。


③ 「就業規則に書いてあれば決まる」は間違い

よくある誤解 本判決の回答
「就業規則が午前8時始業と定めているなら、7時50分の着替えは労働時間外だ」 誤り。着替えを義務付けているなら、その時間も客観的に労働時間
「労働協約で準備時間は賃金なしと合意した」 誤り。強行法規たる労基法32条の要件は契約では変えられない
「就業規則の『労働時間』の定義に書かれていない行為は対象外」 誤り。客観的事実(指揮命令下か否か)で判断する

④ 「社会通念上必要な時間」という限定

本判決は「社会通念上必要と認められるものである限り」という限定を付けています。

限定の趣旨 具体例
義務付けられた行為の「必要な時間」だけが対象 着替えに1時間かけても全部が労働時間になるわけではない
合理的に必要な時間の範囲で認定される 5〜15分程度の着替え・移動時間は認められやすい

⑤ 本判決が後続判例に与えた影響(逆引き)

問題 適用判例
仮眠時間(寝ていてよい時間)は労働時間か 大星ビル管理事件(本判決の定義を引用)
住み込み管理員の待機時間は労働時間か 大林ファシリティーズ事件(本判決の定義を引用)
就業規則で「時間外」とされた行為の扱い 本判決が基礎となる
着替え・保護具装着時間の賃金 本判決が直接の根拠

⑥ 条文と本判決の対応表

争ったこと 見るべき条文・判例
労働時間の定義 労基法32条三菱重工長崎造船所事件
義務付けられた準備行為の扱い 三菱重工長崎造船所事件【要旨二】
割増賃金の支払義務 労基法37条
就業規則・契約の定めとの関係 強行法規性(労基法13条類推)

本節は判決解説の法的根拠を初学者向けに整理したものです。個別事件の法律相談・訴訟代理ではありません。