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平成5(オ)2132等 改進社事件(不法就労外国人の逸失利益)平成9年1月28日 最高裁判所第三小法廷

改進社事件・最高裁判決解説

概要

裁判所: 最高裁判所第三小法廷(裁判長:可部恒雄、裁判官:園部逸夫・大野正男・千種秀夫・尾崎行信)

判決日: 平成9年1月28日

在留期間を超えて不法に残留していたパキスタン国籍の外国人が、有限会社改進社(製本業)での就労中に労災事故で後遺障害を負い、使用者等に損害賠償を求めた事案。主要な争点は、==不法就労外国人の逸失利益をどのように算定するか==(日本での就労可能期間と母国での収入をどう考慮するか)、および労災保険の特別支給金の損益相殺の可否である。

法的根拠: 民法709条(不法行為)、出入国管理及び難民認定法24条4号ロ(退去強制)、労働者災害補償保険特別支給金支給規則

出典: hanrei-pdf-18919.pdf


1. 当事者

原告(上告人)

項目 内容
国籍 パキスタン回教共和国(パキスタン・イスラム共和国)
来日 昭和63年11月28日、短期滞在(観光目的)の在留資格で入国
就労状況 翌日から被上告会社に雇用。在留期間経過後も不法残留のまま就労を継続
被災 平成2年3月30日、本件事故で後遺障害を残す負傷
請求 財産的損害(逸失利益等)・慰謝料の損害賠償

被告(被上告人)

項目 内容
会社 有限会社改進社(製本業)
個人 吉田義信(代表者等)

2. 事実関係(原審確定)

項目 内容
被災状況 平成2年3月30日、改進社での就労中に労災事故で後遺障害を残す傷害を負った
事故後の就労 平成2年4月19日〜8月23日、別の製本会社で就労
事故後の生活 その後は友人の家を転々としながらアルバイト等を行い収入を得ていた
在留状況 退去強制の対象。特別に在留が合法化されるなどの事情は認められない
原審の認定 製本会社退社の翌日から3年間は日本での実収入額と同額の収入を得られたと認定。その後はパキスタンでの収入程度の収入を基礎として逸失利益を算定
労災保険 特別支給金(休業・障害)合計35万3787円を受給。第一審・原審はこれを財産的損害から控除
損害賠償計算 填補の対象となる財産的損害の額:164万0135円。特別支給金を除く保険給付額:142万3910円 → 残存損害:21万6225円

3. 争点と判断の流れ

争点1 不法就労外国人の逸失利益の算定方法

最高裁の示した基本枠組み(要旨):

逸失利益は「事故がなかったら存したであろう利益の喪失分」として算定され、被害者個々人の具体的事情を考慮するのが相当。被害者が日本人か外国人かによって算定方法が異なる理由はない。

算定要素 最高裁の判断
日本での就労可能期間 来日目的・本人の意思・在留資格の有無・在留期間・更新実績・就労資格の有無・就労の態様等の事実的および規範的諸要素を考慮して認定
不法残留外国人の取扱い 退去強制の対象であり、日本における滞在・就労は不安定。在留特別許可等により合法化される具体的蓋然性が認められる場合はともかく、長期にわたる就労可能期間は認められない
日本での就労期間の収入 日本での実収入等を基礎とする
出国後の収入 想定される出国先(多くは母国)での収入等を基礎とする
原審の認定 「製本会社退社翌日から3年間は日本での収入」「その後はパキスタンでの収入」と認定 → 不合理ではないとして是認

算定の構造:

==予測される我が国での就労可能期間内は我が国での収入等を基礎とし、その後は想定される出国先(多くは母国)での収入等を基礎として逸失利益を算定するのが合理的==

争点2 特別支給金の損益相殺の可否

論点 第一審・原審 最高裁の判断
特別支給金(計35万3787円)の取扱い 財産的損害から控除すべきとして控除 法令の解釈適用を誤った違法
根拠 (明示なし) 特別支給金は労働福祉事業の一環として被災労働者の福祉増進のために行われるもので損害填補の性質をもたない(コック食品事件・最判平成8年2月23日参照)
結論 控除後の残存損害を基礎に計算 特別支給金を控除した判断には違法があり、21万6225円の損害賠償債務が残る

争点3 過失相殺・慰謝料

論点 最高裁の判断
過失相殺割合 原審の認定・裁量の範囲内として是認
慰謝料 「日本人以上の慰謝料を認めなければならない事情」は認められない。原審の判断を是認
附帯上告 上告理由書提出期限後に附帯上告状を提出したため不適法として却下

4. 結論(主文)


5. 判決のポイント

  1. 逸失利益の算定方法は日本人と同様の考え方 — 外国人であっても、個別の具体的事情を踏まえた逸失利益算定が必要。日本人と異なる特別な算定方法はない。
  2. 「日本での就労可能期間+帰国後の収入」の二段階方式 — 不法残留外国人については在留が不安定な現実を踏まえ、日本での就労可能期間は長期に認められない。その後は母国の収入水準を基礎とする。
  3. 在留特別許可の具体的蓋然性が分岐点 — 在留が合法化される具体的蓋然性がある場合は日本での就労可能期間が長くなりうる。本件ではそのような事情はなかった。
  4. 特別支給金は損益相殺不可(コック食品事件の確認) — 最判平成8年2月23日(コック食品事件)の法理を不法就労外国人事案でも適用。特別支給金は損害填補の性質をもたない。
  5. 附帯上告の期限遵守 — 附帯上告は上告理由書提出期限内に提出が必要(最判昭和38年7月30日・最判平成3年6月18日参照)。期限後の附帯上告は不適法。

6. 法的根拠

適用条文

条文 内容 本件での役割
民法709条 不法行為による損害賠償 使用者・個人への損害賠償請求の根拠
出入国管理及び難民認定法24条4号ロ 在留期間超過者は退去強制の対象 不法残留外国人の就労可能期間を短期に限定する根拠
労災法23条1項2号(改正前) 労働福祉事業 特別支給金の根拠(保険給付とは別の制度)
特別支給金支給規則1条 特別支給金の目的(福祉増進) 損益相殺否定の根拠

引用先例

先例 裁判所・日付 本件での引用(要旨)
コック食品事件 最高裁第二小法廷・平成8年2月23日・民集50巻2号249頁 特別支給金は損害填補の性質をもたず損益相殺の対象外
最判昭和38年7月30日 最高裁第三小法廷・民集17巻6号819頁 附帯上告の期限に関する先例
最判平成3年6月18日 最高裁第三小法廷・裁判集民事163号107頁 同上

7. 実務上の示唆

使用者側

労働者側


8. 関連キーワード

改進社事件、不法就労外国人、逸失利益、就労可能期間、出国先収入、退去強制、在留資格、在留特別許可、特別支給金、損益相殺、コック食品事件、最判平成8年2月23日、附帯上告


9. 関連ナレッジ

ナレッジ 関係
コック食品事件(最判平成8年2月23日) 特別支給金の損益相殺否定の先例
外国人労働者の権利・処遇 不法就労を含む外国人の労働法上の地位

本ナレッジは判決解説の整理であり、個別の法的助言ではありません。


10. わかりやすい法的根拠解説

本節は、判決の法的根拠を初学者向けに整理した解説です。§6の条文一覧と併読してください。

この事件で何を争っていたか(大枠)

日本に不法滞在しながら働いていたパキスタン人が、仕事中の事故で後遺障害を負いました。

2つの主要な問題がありました:

  1. 逸失利益をどう計算するか(不法滞在者はいつまで日本で働けるのか?)
  2. 特別支給金を損害賠償から引けるか(コック食品事件の法理の再確認)

① 不法就労外国人の逸失利益の計算方法

flowchart TD
  A["被災時の状況を確認"] --> B["在留状況の分類"]
  B --> C["合法的在留者\n在留資格あり"]
  B --> D["不法残留者\n本件はここ"]
  C --> E["日本での就労可能期間\nを通常通り認定"]
  D --> F{"在留特別許可等の\n合法化の具体的蓋然性"}
  F -->|"ある"| G["比較的長い\n就労可能期間を認定"]
  F -->|"ない(本件)"| H["短期の日本での\n就労可能期間のみ認定"]
  H --> I["期間内は日本の収入基礎"]
  I --> J["出国後は母国の収入基礎"]
  J --> K["2段階で逸失利益を計算"]

本件の具体的計算:

これを「不合理ではない」と最高裁は認めました。


② 「具体的蓋然性」という分岐点

不法残留者でも、在留特別許可等により滞在が合法化される具体的蓋然性がある場合には、日本での就労可能期間を長く認められます。

要素 本件の判断
在留特別許可 取得の具体的蓋然性なし
本人の日本への定着度 友人宅を転々としながら仕事
長期定住の見込み 認められない

→ 結論として日本での就労可能期間は短期。その後は母国の収入水準で計算。


③ 特別支給金の損益相殺否定(コック食品事件の再確認)

本件では、コック食品事件(最判平成8年2月23日)で確立した法理を改めて適用しました。

区分 損益相殺できるか 理由
労災保険の本来の保険給付(補償給付等) できる 損害を填補する性質をもつ
労災保険の特別支給金 できない 労働福祉事業として福祉増進のために支給される。損害填補の性質なし

本件では特別支給金35万3787円を控除した第一審・原審の計算を誤りとし、これを加算して最終的な損害賠償額を216万6225円に増額しました。


④ 附帯上告の期限ルール

本件では被告側(被上告人)も附帯上告をしていましたが、却下されました。

附帯上告とは: 相手方が上告した場合に、被上告人側も反撃的に上告審で請求変更等を求める手続。

却下の理由: 上告理由書の提出期限(50日)を超えてから附帯上告状を提出したため不適法。


⑤ 争点と条文の対応表(逆引き)

争ったこと 見るべき法理・条文
不法就労外国人への損害賠償の可否 民法709条(被害者が日本人か否かは問わない)
逸失利益の算定方法(日本での期間) 在留状況・合法化の具体的蓋然性を個別判断
逸失利益の算定方法(出国後) 想定される出国先(母国)の収入水準を基礎
特別支給金の控除 できない(コック食品事件・最判平8.2.23)
附帯上告の期限 上告理由書提出期限内に附帯上告状を提出

本節は判決解説の法的根拠を初学者向けに整理したものです。個別事件の法律相談・訴訟代理ではありません。