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平成7年2月28日 朝日放送事件(労組法7条の使用者概念)最高裁判所第三小法廷

朝日放送事件・最高裁判決解説

概要

裁判所: 最高裁判所第三小法廷(裁判長:園部逸夫、裁判官:可部恒雄・大野正男・千種秀夫・尾崎行信)

判決日: 平成7年2月28日

大阪の民間テレビ局(被上告人・朝日放送株式会社)が、番組制作を請け負う三社(大阪東通・大東・関東電機)の従業員で組織された労働組合(上告補助参加人)からの団体交渉申入れを、「使用者ではない」として拒否した。中央労働委員会(上告人)の救済命令(団体交渉応諾命令)の取消しを求めた行政訴訟において、原審は被上告人が労組法7条の「使用者」に当たらないとしたが、最高裁はこれを破棄した。

==雇用主以外の事業主であっても、労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配・決定できる地位にある場合には、その限りにおいて労組法7条の「使用者」に当たる。==

法的根拠: 労働組合法7条2号(団体交渉拒否)、同3号(支配介入)

出典: hanrei-pdf-18963.pdf


1. 当事者

上告人(中央労働委員会)・上告補助参加人(労働組合)

項目 内容
上告人 中央労働委員会(本件命令の発令機関)
上告補助参加人 近畿地方所在の民間放送会社等の下請事業を営む企業の従業員で組織された労働組合
組合員 請負三社(大阪東通・大東・関東電機)の従業員

被上告人(朝日放送株式会社)

項目 内容
地位 大阪市に本社を置き、テレビの放送事業等を営む会社
従業員数 本件初審審問終結当時(昭和52年5月)約800名
主張 請負三社の従業員に対して「使用者」でないとして団体交渉を拒否

請負三社

会社 業務 被上告人への派遣人数(概数) 組合員数
株式会社大阪東通 映像撮影・照明・音響効果等の請負 約50名 3名
株式会社大東 照明業務の請負(大阪東通の下請) 約10名 2名
関東電機株式会社 照明業務の請負 約10名 2名

2. 事実関係

時期 事実
昭和49年9月24日以降 上告補助参加人が被上告人に対し、賃上げ・一時金・社員化・休憩室設置等を議題として団体交渉を申し入れ
同日以降 被上告人は「使用者でない」ことを理由に交渉事項を問わず全て拒否
昭和51年(不)第4号 大阪府地方労働委員会に救済申立て
昭和53年5月26日 大阪府地労委が初審命令発令(①団体交渉拒否禁止、②謝罪文交付)
昭和61年9月17日 中央労働委員会が再審査命令(本件命令)発令。「番組制作業務に関する勤務の割り付けなど就労に係る諸条件」について団体交渉拒否を禁止
原審 被上告人が労組法7条の「使用者」に当たらないとして本件命令を取消すべきと判断

業務実態(原審確定の重要な事実)

項目 内容
作業指示 被上告人が毎月、日別の編成日程表(制作番組名・作業時間・場所等記載)を請負三社に交付
作業内容の指揮 被上告人作成の台本・制作進行表による指示。作業時間帯の変更・延長・休憩もディレクターが判断・指示
器材 被上告人から支給・貸与
従業員の固定化 被上告人の下に派遣される従業員はほぼ同一人物に固定
請負三社の決定事項 固定した一定の従業員のうち誰をどの業務に従事させるかのみ

3. 争点と判断の流れ

争点① 被上告人は労組法7条の「使用者」に当たるか

判断内容
原審 被上告人は請負三社の従業員との関係で「使用者」に当たらない → 不当労働行為は成立しない → 本件命令取消し
最高裁 原審の判断は是認できない。被上告人は「使用者」に当たる

最高裁が示した規範(使用者の意義)

要素 内容
原則 「使用者」とは労働契約上の雇用主をいう
拡張要件① 雇用主以外の事業主であっても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させていること
拡張要件② その労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配・決定できる地位にあること
効果 その限りにおいて「使用者」に当たり、正当な理由がない限り団体交渉を拒否できない

本件への適用(被上告人が「使用者」に当たると認めた根拠)

事実 意味
作業日時・場所・内容をすべて被上告人が決定 勤務時間の割り振り・労務提供の態様を実質支配
請負三社は誰をどの業務に就かせるかのみ決定 実質的な労働条件決定権限が被上告人に集中
ディレクターの指揮監督下に作業が進行 作業環境も被上告人が決定
被上告人の器材使用・作業秩序に組み込み 従業員が被上告人の事業組織に統合

争点② 支配介入(3号)の不当労働行為の成否

判断内容
最高裁 本件命令主文第2項については、被上告人が「使用者」であることを前提に3号不当労働行為の成否につき更に審理を尽くさせるため差戻し

4. 結論(主文)


5. 判決のポイント

  1. 「使用者」概念の拡張 — 労組法7条の「使用者」は労働契約上の雇用主に限られず、労働者の基本的な労働条件等を現実的・具体的に支配・決定できる地位にある事業主も含む。
  2. 「部分的に同視できる程度」という基準 — 雇用主と完全に同一である必要はなく、「部分的とはいえ同視できる程度」の支配・決定力があれば足りる。
  3. 団体交渉義務の範囲の限定 — 「使用者」と認められる範囲は自ら決定できる労働条件(勤務の割り付け・就労条件等)に限定され、当該事項についてのみ団体交渉義務を負う。
  4. 形式的請負契約の実質判断 — 法形式上は請負契約でも、実態として作業日時・内容・指揮命令すべてが発注者に帰属すれば、発注者が「使用者」に当たりうる。
  5. 労組法の目的からの解釈 — 労組法7条が「団結権の侵害に当たる行為を排除・是正して正常な労使関係を回復する」ことを目的とすることが、使用者概念の拡張解釈の根拠とされた。
  6. 救済命令の分割処理 — 命令主文第1項(団体交渉応諾)は差戻し不要で控訴棄却、第2項(支配介入・謝罪文)は差戻しとして、命令の各項目を独立して処理した。

6. 法的根拠

不当労働行為の規定

条文 内容 本件での役割
労働組合法7条2号 使用者が団体交渉を正当な理由なく拒否することを禁止 被上告人の団体交渉拒否の不当労働行為性の根拠
労働組合法7条3号 使用者が労働組合の組織・運営を支配・介入することを禁止 脱退勧誘・暴行等の支配介入行為の根拠(差戻し部分)
労働組合法27条 不当労働行為の救済手続 労働委員会の救済命令発令の手続根拠

訴訟の法的根拠

条文 内容
行政事件訴訟法7条 行政事件訴訟における民訴法の準用
民訴法408条・396条等(当時) 破棄・差戻し・棄却の手続根拠

先例・関連判例

先例 内容 本件との関係
本判決(朝日放送事件) 使用者概念の拡張(現実的・具体的支配力基準) リーディングケース
(参考)ビクターサービスエンジニアリング事件 最判平成24年2月21日 業務委託の個人業者の労組法上の労働者性 本判決の延長線上にある集団的労使関係の問題
(参考)新国立劇場運営財団事件 最判平成23年4月12日 合唱団員の労組法上の労働者性 集団的労使関係における「労働者」概念

7. 実務上の示唆

使用者側(発注者・元請企業)

労働者側(下請・請負先の従業員)


8. 関連キーワード

朝日放送事件、労組法7条、使用者概念、現実的・具体的支配力、団体交渉拒否、不当労働行為、請負、下請、三角雇用、番組制作、中央労働委員会、救済命令、支配介入、部分的同視、破棄差戻し


9. 関連ナレッジ

ナレッジ 関係
INAXメンテナンス事件(hanrei-pdf-82015) 業務委託の個人業者の労組法上の労働者性。本判決(使用者側)と対をなす問題
新国立劇場運営財団事件(hanrei-pdf-81241) 合唱団員の労働者性判断枠組み
労働組合法の実体法解説 7条各号の解釈・不当労働行為の成立要件

本ナレッジは判決解説の整理であり、個別の法的助言ではありません。


10. わかりやすい法的根拠解説

本節は、判決の法的根拠を初学者向けに整理した解説です。§6の条文一覧と併読してください。

この事件で何を争っていたか(大枠)

放送局(朝日放送)は、番組制作の仕事を3社(請負三社)に請け負わせており、実際に現場で働くのは請負三社の従業員でした。その従業員たちが労働組合を結成して放送局に「賃上げ交渉に応じてほしい」と申し入れたところ、放送局は「あなたたちの雇い主は請負三社であって、うちではない」として交渉を拒否しました。

裁判所が判断したのは「使用者でないという理由で団体交渉を拒否することは許されるか」という点です。


① 労組法7条の「使用者」とは誰か — 2段階で考える

flowchart TD
  A["労働者が\n団体交渉を申し入れた"] --> B{"相手は\n労働契約上の\n雇用主か?"}
  B -->|"YES"| C["当然に「使用者」\n団体交渉義務あり"]
  B -->|"NO"| D{"雇用主以外でも\n労働条件を\n現実的・具体的に\n支配・決定できるか?"}
  D -->|"YES(部分的でも可)"| E["その範囲で「使用者」\n団体交渉義務あり"]
  D -->|"NO"| F["「使用者」でない\n交渉拒否が許される"]

最高裁は、放送局が請負三社の雇用主でないことは認めながら、次の事実から「現実的・具体的に支配・決定できる」と判断しました。

放送局がしていたこと 労働条件への影響
毎月、作業日・時間・場所を記した編成日程表を作成して交付 勤務時間の割り振りを決定
台本・制作進行表で作業内容・手順を指示 労務提供の態様を決定
ディレクターが作業時間帯の変更・延長・休憩を判断 就労条件を現場で支配
器材を支給・貸与 作業環境を提供
同一の従業員がほぼ固定して従事 継続的な組織的関係

② 団体交渉義務の「範囲」

重要なのは、放送局が「使用者」になるのは自ら決定できる範囲に限られるという点です。

交渉事項 放送局が「使用者」として応じるべきか
番組制作業務の勤務割り付け 応じる義務あり(放送局が決定している)
就労に係る諸条件(作業時間・場所・環境) 応じる義務あり(放送局が決定している)
賃金水準・一時金の決定 雇用主(請負三社)が決定する事項
社員化(直接雇用化) 放送局の経営判断事項 → 別途検討

③ なぜ法形式(請負契約)ではなく実態で判断するのか

flowchart LR
  subgraph 法形式
    A["放送局"] -->|"請負契約"| B["請負三社"]
    B -->|"雇用契約"| C["従業員(組合員)"]
  end
  subgraph 実態
    A2["放送局\n(実質的支配者)"] -->|"編成日程表・台本\nディレクター指揮"| C2["従業員(組合員)"]
    B2["請負三社\n(名目上の雇用主)"] -->|"賃金支払のみ"| C2
  end

労組法7条が団体交渉を保障するのは、労働者が自らの労働条件を改善するためです。法形式上は「うちは雇い主ではない」と言えても、実態として労働条件を決めているのが発注者であれば、そこに交渉を申し入れる以外に条件改善の手段がありません。最高裁は、この実質的な権力関係に着目して「使用者」概念を拡張しました。


④ 現代的な意義 — 多様な雇用形態への応用

形態 朝日放送事件との対応
派遣労働 派遣先が就労条件を実質的に決定している場合、派遣先も「使用者」に当たりうる
フランチャイズ 本部が加盟店従業員の労働条件を実質的に支配している場合、同様の問題が生じる
プラットフォーム就労 アプリ運営会社が業務の内容・条件を一方的に決定している場合、「使用者」性が問題になる

⑤ 争点と条文の対応表(逆引き)

争ったこと 見るべき法理・条文
放送局は「使用者」か 朝日放送事件(現実的・具体的支配力基準)→ 労組法7条
団体交渉を拒否できるか 労組法7条2号(正当な理由のない拒否 = 不当労働行為)
拒否できない交渉事項の範囲 自ら決定できる就労条件の範囲に限定(本判決)
支配介入(脱退勧誘・暴行)の責任 労組法7条3号 → 差戻し審で判断

本節は判決解説の法的根拠を初学者向けに整理したものです。個別事件の法律相談・訴訟代理ではありません。