平成1(オ)399 時事通信社事件(長期連続年休と時季変更権)平成4年6月23日 最高裁判所第三小法廷
時事通信社事件・最高裁判決解説
概要
裁判所: 最高裁判所第三小法廷(裁判長:坂上壽夫、裁判官:貞家克己・園部逸夫・佐藤庄市郎・可部恒雄)
判決日: 平成4年6月23日
時事通信社の記者(科学技術記者クラブ単独配置)が約1か月間の長期連続年次有給休暇の時季指定をしたところ、使用者が後半部分(約2週間)について時季変更権を行使した事案。上告審では、==長期かつ連続の年次有給休暇の時季指定に対する使用者の時季変更権行使について、一定の裁量的判断を認めた上でその適法性を肯定==した。
法的根拠: 労働基準法39条1項・2項・3項ただし書(昭和62年法律第99号による改正前のもの)
出典: hanrei-pdf-19042.pdf
1. 当事者
原告(被上告人)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 地位 | 時事通信社 本社第一編集局社会部の記者 |
| 担当 | 科学技術庁の科学技術記者クラブ(単独配置)。原子力・エネルギー・宇宙開発等の専門取材 |
| 請求 | けん責処分の無効確認、賞与減額分・慰謝料・弁護士費用の損害賠償 |
被告(上告人)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 地位 | 株式会社時事通信社(ニュース提供を主たる業務目的とする通信社) |
| 昭和55年当時職員総数 | 1,217人。社会部は41人(外勤31人、内勤10人) |
| 主張 | 時季変更権の行使は適法。記者の単独配置は異例ではなく企業経営上やむを得ない措置 |
2. 事実関係
| 時期 | 事実 |
|---|---|
| 昭和54年3月 | 科学技術記者クラブにA記者が複数配置されていたが退職し、被上告人が単独配置となる |
| 昭和55年6月23日 | 被上告人が社会部長Bに対し、8月20日ころから約1か月間の有給休暇(欧州原子力発電問題取材)を口頭申入れ |
| 昭和55年6月30日 | 休暇及び欠勤届(8月20日〜9月20日。年次有給休暇日数24日)を提出・時季指定 |
| 昭和55年7月16日付け | B社会部長が後半部分(9月4日〜9月20日の勤務を要する日)について時季変更権を行使。前半(8月20日〜9月3日)は認める |
| 昭和55年8月22日 | 被上告人が時季変更権の行使を無視して旅行に出発(緊急連絡先を書面で提出済み) |
| 昭和55年10月3日 | 使用者が、9月6日〜9月20日の10日間の無就業を理由としてけん責処分。同年12月支給賞与から4万7,638円減額 |
| 代替期間中 | デスク補助担当でかつて科学技術記者クラブ非常勤経験のあるC記者が代替取材。科学技術関連記事15本を出稿 |
3. 争点と判断の流れ
争点① 時季変更権行使の適否(労働基準法39条3項ただし書)
| 審級 | 判断 |
|---|---|
| 原審(東京高裁) | 被上告人の職務の代替は著しく困難ではなかった。単独配置は使用者の不適正な人員配置であるから、これによる支障を重視すべきでない → 時季変更権の行使は違法 |
| 最高裁 | 原審の判断は是認できない。時季変更権の行使は適法 |
最高裁が示した規範
| 論点 | 最高裁の判断 |
|---|---|
| 年休権の成立 | 法39条1・2項の要件充足により法律上当然に生じる。適法な時季変更権行使がなければ時季指定により年休成立 |
| 使用者の配慮義務 | 使用者は、できる限り労働者が指定した時季に休暇を取得できるよう状況に応じた配慮をすることを要請されている |
| 長期連続休暇の特則 | ==長期であるほど代替勤務者確保の困難さが増し、事業の正常な運営に支障を来す蓋然性が高くなる==。使用者・他の労働者との事前調整が通常必要 |
| 裁量的判断の余地 | 調整を経ないまま長期連続年休の時季指定がされた場合、時季変更権行使の範囲・程度につき使用者にある程度の裁量的判断の余地を認めざるを得ない |
| 裁量の限界 | 右裁量は法39条の趣旨に沿う合理的なものでなければならない。労働者への配慮を欠く不合理な行使は違法 |
本件への適用
| 認定事実 | 評価 |
|---|---|
| 科学技術記者クラブ単独配置・専門的知識要 | 社会部内で長期にわたり支障なく代替できる記者の確保は相当困難 |
| 単独配置の理由 | 企業経営上やむを得ない事情によるもので、異例・不適正とはいえない |
| 休暇期間 | 8月20日〜9月20日の約1か月・長期連続。事前の十分な調整なし |
| 使用者の配慮 | 前半(2週間)は認め、後半のみ時季変更権行使 → 状況に応じた相当の配慮 |
4. 結論(主文)
- 原判決中、上告人敗訴の部分を破棄
- 本件を東京高等裁判所に差し戻す
- 時季変更権の行使及び懲戒処分が不当労働行為に該当するとの被上告人の主張の当否について更に審理を尽くさせる
- 裁判官全員一致
5. 判決のポイント
- 長期連続年休には特別の法理が適用される — 通常の年休時季変更権行使とは異なり、長期連続休暇の場合は代替確保の困難さが格段に高まる。
- 事前調整なき長期指定には使用者に裁量の余地 — 労働者が十分な調整を経ずに長期・連続の時季指定をした場合、使用者は時季・期間の修正・変更についてある程度の裁量的判断が認められる。
- 裁量は合理性の枠内 — 使用者の裁量も、法39条の趣旨(できる限り指定時季に休暇取得)に沿った合理的なものであることが必要。不合理なら違法。
- 単独配置は一概に不適正とは断定できない — 企業の事業形態・規模・経営上の判断から合理性がある単独配置は、時季変更権行使の違法根拠にはならない。
- 部分的承認は配慮の証拠 — 前半2週間を認めて後半2週間のみ時季変更権を行使するという対応は、使用者の状況に応じた配慮として評価された。
- 不当労働行為の主張は差戻し審で判断 — 時季変更権行使自体の適法性は最高裁が判断したが、不当労働行為該当性は審理不尽として差し戻された。
6. 法的根拠
関係条文
| 条文 | 内容 | 本件での役割 |
|---|---|---|
| 労働基準法39条1・2項 | 年次有給休暇の付与要件・付与日数 | 年休権の法律上当然の成立 |
| 労働基準法39条3項ただし書(改正前) | 「事業の正常な運営を妨げる場合」の時季変更権 | 使用者の時季変更権の根拠規定 |
引用先例
| 先例 | 裁判所・日付 | 本件での引用(要旨) |
|---|---|---|
| 最判昭和48年3月2日(民集27巻2号191頁) | 最高裁第二小法廷 | 年休権は法律上当然に生じる。適法な時季変更権行使なければ時季指定で年休成立 |
| 最判昭和48年3月2日(民集27巻2号210頁) | 最高裁第二小法廷 | 同上(別件) |
| 最判昭和62年7月10日(民集41巻5号1229頁) | 最高裁第二小法廷 | 使用者はできる限り指定時季に休暇取得できるよう配慮を要する |
| 最判昭和62年9月22日(裁判集民事151号657頁) | 最高裁第三小法廷 | 同上(別件) |
7. 実務上の示唆
使用者側
- 長期連続年休の申請に対しては、事業運営への影響を具体的に評価した上で、まず一部承認・事前調整を試みることが重要。一部を認めることが「配慮」の証拠となる。
- 単独配置であることは時季変更権行使の合理的根拠になりうるが、それが企業経営上やむを得ない合理的理由に基づくことを説明できる必要がある。
- 時季変更権の行使に際しては書面で理由・期間を明示し、代替手段の検討経緯を記録しておく。
労働者側
- 長期・連続の年休を取得したい場合は、使用者との事前調整を十分に行い、期間・時期について話し合うことが重要。調整なき一方的指定は裁量の余地を広げる。
- 代替勤務者の確保可能性を具体的に主張することが時季変更権の違法性立証に有効。
8. 関連キーワード
時事通信社事件、年次有給休暇、時季変更権、長期連続休暇、事業の正常な運営、代替勤務者、裁量的判断、単独配置、専門記者、けん責処分、不当労働行為、労働基準法39条
9. 関連ナレッジ
| ナレッジ | 関係 |
|---|---|
| 日本電信電話事件(18836) | 訓練期間中の年休と時季変更権。同一論点の比較判例 |
| 沼津交通事件(19009) | 年休取得を理由とする不利益取扱いの限界 |
本ナレッジは判決解説の整理であり、個別の法的助言ではありません。
10. わかりやすい法的根拠解説
本節は、判決の法的根拠を初学者向けに整理した解説です。§6の条文一覧と併読してください。
この事件で何を争っていたか(大枠)
通信社の記者が、約1か月間の年次有給休暇(欧州取材旅行)を申請したところ、会社が後半2週間について「業務の正常な運営を妨げる」として時季変更権を行使しました。記者はそれを無視して旅行に出発したため、帰国後にけん責処分・賞与減額の制裁を受け、その効力を争いました。
① 年次有給休暇の基本的な仕組み
flowchart TD
A["労働者が時季指定\n(始期・終期を特定)"] --> B{"使用者が\n適法な時季変更権を\n行使したか"}
B -->|"No(行使なし\nまたは違法)"| C["年休成立\n当該日の就労義務消滅"]
B -->|"Yes(適法な行使)"| D["時季変更\n年休はその時期に成立せず"]
D --> E["労働者は指定した時期に\n欠勤すると懲戒の対象に"]
年休権は法律上当然に生じる権利です(労基法39条)。ただし、使用者が「事業の正常な運営を妨げる場合」に限り、時季を変更する権限(時季変更権)を行使できます。
② 長期連続年休のルール — 本判決の核心
通常の年休(1〜2日)と、本件のような「1か月の長期連続年休」では、時季変更権の判断基準が変わります。
| 通常の年休 | 長期連続年休(本判決) | |
|---|---|---|
| 代替確保 | 比較的容易なことも多い | 長期になるほど困難さが増す |
| 事前調整 | 不要なことも多い | 通常必要 |
| 時季変更権 | 厳格に解される | ==使用者にある程度の裁量的判断の余地== |
裁量の根拠は、使用者が長期休暇中の業務量・代替確保可能性・他労働者の休暇予定等を正確に予測することが困難であるため、蓋然性に基づく判断が許容される点にあります。
③ 裁量の限界(使用者の配慮義務)
flowchart LR
N["使用者の\n裁量的判断"] --> M1["合理的な裁量\n→ 時季変更権適法"]
N --> M2["不合理な裁量\n(配慮を欠く)\n→ 時季変更権違法"]
M2 --> EX["例:全期間を無条件に拒否\n代替の検討すらしない"]
M1 --> EX2["例:前半を認め後半のみ変更\n(本件の対応)"]
使用者は「できる限り指定した時季に取得できるよう配慮する」義務を負います。この配慮を欠く時季変更権の行使は裁量の濫用として違法になります。
④ 本件の判断 — なぜ適法とされたか
| 考慮要素 | 本件の事実 | 評価 |
|---|---|---|
| 専門性・代替困難性 | 科学技術の専門記者が単独配置。代替できる記者の確保が相当困難 | 時季変更権行使の合理的根拠あり |
| 単独配置の適正性 | 企業の事業形態上やむを得ない経営判断。異例ではない | 不適正な人員配置とは断定できない |
| 事前調整の有無 | 十分な調整を経ずに約1か月の一方的時季指定 | 使用者の裁量を広げる事情 |
| 使用者の配慮 | 前半2週間(8/20〜9/3)は認め、後半2週間のみ変更権行使 | 状況に応じた相当の配慮あり |
これらを総合して、時季変更権の行使は法39条の趣旨に反する不合理なものとはいえず、適法と判断されました。
⑤ 覚えておくべき「時事通信社ルール」
長期かつ連続の年次有給休暇の時季指定に対しては、使用者にある程度の裁量的判断の余地が認められる。ただし、その裁量は合理的なものでなければならず、配慮を欠く不合理な行使は違法となる。
実践的な3つのポイント:
- 長期連続の年休申請 → 事前に使用者と十分に調整することが重要
- 使用者は一部承認・部分的変更で配慮を示すことが実務的に重要
- 単独配置・専門職は時季変更権が認められやすい傾向あり
⑥ 争点と条文の対応表(逆引き)
| 争ったこと | 見るべき法理・条文 |
|---|---|
| 年休権がいつ成立するか | 労基法39条1・2項 / 昭和48年最判 |
| 時季変更権の行使要件 | 労基法39条3項ただし書 |
| 長期連続年休での裁量 | 時事通信社事件(本判決) |
| 使用者の配慮義務 | 昭和62年最判 → 時事通信社事件 |
| 現行法の位置づけ | 労働基準法39条5項(現行・時季変更権の明文化) |
本節は判決解説の法的根拠を初学者向けに整理したものです。個別事件の法律相談・訴訟代理ではありません。