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昭和60(ネ)248等 岩手銀行家族手当事件(家族手当・労基法4条違反)平成4年1月10日 仙台高等裁判所

岩手銀行家族手当事件・解説

概要

裁判所: 仙台高等裁判所(裁判長:三井喜彦、裁判官:武藤冬士己・小野貞夫)

判決日: 平成4年1月10日

岩手銀行の給与規程は「扶養親族を有する世帯主たる行員」に家族手当・世帯手当を支給すると規定し、共働き世帯では夫が収入(所得税法上の扶養控除対象限度額超)を得ている場合、妻たる行員には支給しない運用をとっていた。女性行員(被控訴人)は実際に一家の生計維持者であったにもかかわらず手当が不支給とされた。仙台高裁は、==この扱いは男女の性別のみによる賃金の差別であり労働基準法4条に違反して無効==と判断した。

法的根拠: 労働基準法4条(男女同一賃金)、民法90条(公序良俗)

出典: hanrei-pdf-19052.pdf


1. 当事者

被控訴人(原告)

項目 内容
地位 岩手銀行の元女性行員(副主事の職能資格・主任)
在職期間 昭和23年4月1日入社〜昭和60年9月30日退職
家族構成 夫a(市議会議員)、長女b、実母c、実母の夫d(昭和60年2月死亡)
収入 昭和55年度:年収577万円超(被控訴人)、夫:市議報酬279万円

控訴人(被告)

項目 内容
使用者 岩手銀行(普通銀行)
問題規程 給与規程36条(家族手当)・39条の2(世帯手当)
不支給期間 昭和56年1月〜昭和60年9月(夫が市議報酬を取得した以降)

2. 事実関係

時期 事実
昭和23年4月1日 被控訴人が岩手銀行に入社
昭和51年8月10日 給与規程36条(家族手当)が労基署に届出・受理(「扶養親族を有する世帯主たる行員に支給」)
昭和54年12月 夫aが市議会議員に当選
昭和55年1月以降 夫aが市議報酬を受け所得税法上の扶養控除対象限度額を超える収入を取得
昭和56年1月 銀行が被控訴人に対する家族手当・世帯手当の支給を中止
昭和59年3月末 世帯手当廃止
昭和60年9月30日 被控訴人退職
本件訴訟 家族手当(54万6000円)・世帯手当(28万2300円)・これらを基礎とした賞与差額(50万8200円)合計133万6500円の支払を請求

銀行の運用実態(争いなし)


3. 争点と判断の流れ

争点① 本件手当は労基法上の「賃金」か

銀行の主張: 家族手当は生活扶助給付の性格を持ち、労働の対償ではなく労基法11条の賃金にあたらない。

高裁の判断:

==就業規則(給与規程)及び労働協約により所定の要件を具備する者に法的に一律の支払義務が生じ、当該行員は受給権を取得する。これは労基法11条の「労働の対償」に当たる賃金である。==

争点② 「世帯主」の解釈(規程36条1項)

銀行の主張 高裁の判断
「世帯主」は住民基本台帳法の「社会通念上の代表者」を意味し、共働き世帯では夫が世帯主 家族手当は世帯の生計という経済面に関わるもの。「世帯主」は「主として生計を維持する者」(生計維持者説)と解するのが社会通念に最もよく適する

被控訴人の収入状況の認定:

家族 収入(昭和55〜57年度)
被控訴人 年577万円超(銀行給与)
夫a 市議報酬279万〜317万円

被控訴人が主たる生計維持者と認定。長女bも主として被控訴人によって扶養されていた。

争点③ 規程36条2項本文後段(妻への支給制限規定)の効力

規程の内容: 「配偶者が所得税法の扶養控除対象限度額を超える所得を有する場合は、夫たる行員とする」→ 男性行員の妻が一定収入あっても夫に支給。女性行員の場合は夫に収入があれば支給しない。

高裁の判断:

==本件規程36条2項本文後段による取扱いは、「夫婦共働きの世帯の生計維持者は常に夫であり、妻とはいえない」とするもので、男女の性のみによる賃金の差別扱いである。==

==労基法4条は憲法14条の理念に基づき私企業の労使関係における賃金について具体的に規律した強行規定・公序に関する規定。これに違反する就業規則及び労働契約の賃金条項は民法90条により無効。==

「社会通念」論の排斥:

男女同一賃金の原則は「理念ではあっても達成可能な理念」である。東北地方の慣習や行政の不問態度があっても、労基法4条・憲法14条という法的基準に反する差別を「社会通念」「社会的許容性」として合理化することはできない。


4. 結論(主文)


5. 判決のポイント

  1. 「世帯主」=「生計維持者」と解釈 — 家族手当の支給対象「世帯主」を代表者説でなく生計維持者説で解釈し、収入の多寡で実態的に判断。
  2. 家族手当の賃金性を確認 — 生活扶助給付の性格があっても、就業規則・労働協約で支給要件が定まり法的受給権が生じる以上、労基法11条の賃金。
  3. 性別のみによる賃金差別の違法性 — 「共働き世帯は夫が世帯主」とする画一的運用は、男性には適用せず女性にのみ不支給とするものであり、性別のみによる差別。
  4. 社会通念・行政不問を克服 — 地域的慣習や労基署の行政指導不存在があっても、労基法4条という強行規定に反する実態は違法。
  5. 労使合意も違法性を正当化しない — 組合(岩手銀行労組・従組)の同意を得ていた規程であっても、強行規定違反の効果は免れない。
  6. 女子行員の賃金差別の典型事例 — 家族手当という生活給付型賃金における性差別を正面から判断した代表判例。

6. 法的根拠

適用条文

条文 内容 本件での役割
労働基準法4条 女子であることを理由とする賃金差別の禁止 家族手当不支給が「女子であることを理由とする賃金差別」として違法
労働基準法11条 賃金の定義(「労働の対償」として支払うもの) 家族手当・世帯手当が賃金にあたることの根拠
民法90条(一条ノ二) 公序良俗違反は無効。強行規定違反は公序違反として無効 労基法4条違反の給与規程条項を無効とする根拠
労働基準法119条1号 労基法3条・4条違反の使用者に対する刑事罰 同条が強行規定・公序規定たることの根拠

7. 実務上の示唆

使用者側

労働者側


8. 関連キーワード

岩手銀行、家族手当、世帯手当、世帯主、生計維持者、労働基準法4条、男女同一賃金、賃金差別、強行規定、公序良俗、共働き世帯、社会通念


9. 関連ナレッジ

ナレッジ 関係
労働基準法4条 賃金差別禁止の明文規定
男女雇用機会均等法 配置・昇進等の機会均等(本件は賃金の問題なので労基法4条が直接適用)

本ナレッジは判決解説の整理であり、個別の法的助言ではありません。


10. わかりやすい法的根拠解説

この事件で何が問題だったか

flowchart TD
  A["岩手銀行の家族手当規程\n『扶養親族を有する世帯主に支給』"] --> B{"共働き世帯\n夫に一定収入あり"}
  B -->|"男性行員の場合"| C["妻に収入があっても\n→ 男性行員に支給 ✓"]
  B -->|"女性行員(被控訴人)の場合"| D["夫に収入があるから\n→ 女性行員には不支給 ✗"]
  C --> E["【問題】同じ生計維持者なのに\n性別で扱いが異なる"]
  D --> E
  E --> F["労働基準法4条違反\n(女子であることを理由とする賃金差別)"]

「世帯主」の解釈対立

裁判のポイントは「世帯主とは誰か」でした。

解釈 内容 結論
代表者説(銀行) 社会通念上の世帯代表者=夫 被控訴人は「世帯主」ではない
生計維持者説(高裁採用) 主として世帯の生計を維持する者 収入の多い被控訴人が「世帯主」

高裁は「家族手当は世帯の生計という経済面に関わるもの」として、家族手当の趣旨から生計維持者説を採用しました。


「社会通念」で差別は正当化されるか

銀行は「夫婦共働きでも世帯主は夫というのが社会通念・地域慣習だ」と主張しました。しかし高裁は次のように答えました。

flowchart LR
  A["社会通念・地域慣習\n(夫が世帯主)"] -->|"基準にできるか?"| B["労基法4条\n男女同一賃金の原則"]
  B -->|"達成可能な理念として"| C["憲法14条\n法の下の平等"]
  C --> D["法的基準は社会通念・慣習より優位"]
  D --> E["社会通念を理由に\n性差別を正当化できない"]

「理念ではあっても達成可能な理念」 — これが高裁の重要な言葉です。東北地方の慣習や行政の不問があっても、法律という強行的基準は変わらないということです。


家族手当は「賃金」か「手当」か

銀行は「家族手当は生活費補助であり労働の対価でないから、労基法4条(賃金差別禁止)の対象外だ」と主張しました。しかし高裁は次のように判断しました。

観点 内容
支給の根拠 就業規則(給与規程)・労働協約で要件が定まっている
法的性格 銀行に一律支払義務、行員に受給権(請求権)が生じる
結論 労基法11条の「労働の対償」=賃金

「生活費補助」という性格があっても、就業規則で強制的に定まっている以上は「賃金」として労基法の保護を受けます。


認容された請求内容

手当等 金額 期間
家族手当 54万6000円 昭和56年1月〜昭和60年9月
世帯手当 28万2300円 昭和56年1月〜昭和59年3月(廃止まで)
賞与差額 50万8200円 上記手当が含まれなかった分
合計 133万6500円

本節は判決解説の法的根拠を初学者向けに整理したものです。個別事件の法律相談・訴訟代理ではありません。