平成3年6月4日 紅屋商事事件(査定差別と不当労働行為の継続性・除斥期間)最高裁判所第三小法廷
紅屋商事事件・最高裁判決解説
概要
裁判所: 最高裁判所第三小法廷(裁判長:坂上壽夫、裁判官:貞家克己・園部逸夫・佐藤庄市郎・可部恒雄)
判決日: 平成3年6月4日
小売業(紅屋商事)が毎年行う昇給の考課査定において、労働組合の組合員であることを理由として非組合員より低く査定したとして、不当労働行為の救済申立てがされた。申立てが当該査定から1年以上後にされたことについて、労組法27条2項の除斥期間が問題となった。最高裁は、査定に基づく賃金の支払が継続している限り不当労働行為は継続するとして、最後の賃金支払時から1年以内の救済申立ては適法と判断した。
==昇給のための考課査定において使用者が組合員であることを理由として差別した場合、査定とこれに基づく毎月の賃金の支払とは一体として一個の不当労働行為をなし、賃金が支払われている限り不当労働行為は継続する。救済申立てが右査定に基づく賃金の最後の支払の時から1年以内にされたときは適法である。==
法的根拠: 労働組合法7条1号(不利益取扱い)、同27条2項(除斥期間)
出典: hanrei-pdf-19076.pdf
1. 当事者
上告人(使用者)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 上告人 | 紅屋商事株式会社(小売業) |
| 主張 | 昭和53年度の賃金改定に関する救済申立ては労組法27条2項の除斥期間を経過した後になされたもので不適法 |
被上告人(中央労働委員会)・補助参加人(労働組合)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 被上告人 | 中央労働委員会(救済命令の発令機関) |
| 補助参加人 | 組合員が査定差別を受けたとする労働組合 |
2. 事実関係
| 時期 | 事実 |
|---|---|
| 昭和53年度 | 上告人が毎年行う昇給に関する考課査定を実施。査定は向後1年間の毎月賃金額の基準となる評定値を定めるもの |
| 同年度 | 補助参加人の組合員について、組合員であることを理由として他の従業員より低く査定したと認定(原審確定) |
| 査定後 | 右査定に基づき毎月の賃金が支払われ続けた |
| 救済申立て | 青森地方労働委員会への救済申立て(事件番号:青森地労委昭和54年(不)第5号) |
争点: 救済申立てが昭和53年度の考課査定から1年以上経過した後になされた場合でも、右査定に基づく賃金が支払われ続けている限り、労組法27条2項の除斥期間内の申立てといえるか。
3. 争点と判断の流れ
争点 昭和53年度の賃金改定に関する救済申立ての適法性(除斥期間)
| 判断内容 | |
|---|---|
| 上告人 | 査定時から1年以上経過している → 除斥期間を徒過した不適法な申立て |
| 原審 | 査定とこれに基づく賃金の支払は一体。賃金の支払が継続している限り不当労働行為は継続する → 最後の賃金支払時から1年以内の申立ては適法 |
| 最高裁 | 原審の判断を是認。「右と同旨の見解に立ち…原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない」 |
最高裁が示した規範(査定差別の継続性)
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 査定の性質 | 向後1年間における毎月の賃金額の基準となる評定値を定めるもの |
| 不当労働行為の実現 | 「賃金上の差別的取扱いの意図は、賃金の支払によって具体的に実現される」 |
| 一体性 | 「右査定とこれに基づく毎月の賃金の支払とは一体として一個の不当労働行為をなすものとみるべき」 |
| 継続性 | 「右査定に基づく賃金が支払われている限り不当労働行為は継続することになる」 |
| 適法性の基準 | 「右査定に基づく賃金の最後の支払の時から1年以内にされたときは…適法」 |
4. 結論(主文)
- 原判決中の上告人敗訴部分のうち、青森地労委昭和54年(不)第5号事件に係る命令の取消請求に関する部分についての上告を棄却
- その余の上告(上告理由書不提出)は却下
- 上告費用は上告人の負担
- 裁判官全員一致
5. 判決のポイント
- 査定と賃金支払の一体性 — 不当労働行為は査定行為単体で完結せず、その査定に基づいて毎月賃金が支払われる都度、差別的取扱いが具体的に実現する。
- 除斥期間の起算点 — 「最後の賃金支払の時」が起算点となるため、査定から長期間が経過していても、賃金差別が継続している限り申立て期間は進行し続ける。
- 労組法27条2項の解釈 — 同項の「行為の日」について、一回的・確定的な行為(解雇等)とは異なり、継続する差別的賃金支払は「行為の日」が継続的に移動すると解釈された。
- 賃金差別の特殊性 — 昇給査定差別は、その査定が将来の賃金を規律することで差別効果を長期継続させる。これを一回的行為と扱うことは労働者の救済を著しく困難にしてしまう。
- 本判決の限定的な射程 — 本判決は「向後1年間の毎月賃金額の基準を定める考課査定」についての事案であり、一時的な不利益取扱い(配置転換の命令など)には当然には適用されない。
6. 法的根拠
不当労働行為・除斥期間
| 条文 | 内容 | 本件での役割 |
|---|---|---|
| 労働組合法7条1号 | 労働者が組合員であることを理由とする解雇その他の不利益取扱いの禁止 | 査定差別を不当労働行為と認定する根拠 |
| 労働組合法27条2項 | 不当労働行為の救済申立ては「行為の日(継続する行為にあっては、その終了した日)から一年を経過した事件に係るものについては」申立て資格なし | 本件の中心的争点。査定差別の「終了した日」の解釈 |
訴訟の法的根拠
| 条文 | 内容 |
|---|---|
| 行政事件訴訟法7条 | 行政事件訴訟における民訴法の準用 |
| 民訴法401条等(当時) | 上告棄却・上告却下の手続根拠 |
先例との関係
| 先例 | 内容 | 本件との関係 |
|---|---|---|
| 本判決(紅屋商事事件) | 査定差別の継続性・除斥期間の起算点 | リーディングケース |
| (参考)各種査定差別事件 | 組合員への差別的査定が不利益取扱いに当たることは先行判例でも確認 | 本判決の前提 |
7. 実務上の示唆
使用者側
- 昇給査定における組合員への差別的評価は、査定時だけでなくその後の賃金支払が続く限り「継続する不当労働行為」として扱われる
- 「査定から1年経ったから申立ては時効」という主張は、当該査定に基づく賃金が支払われ続けている場合には通用しない
- 賃金差別の是正を求められた場合、過去の査定遡及分まで支払を命じられる可能性がある
労働者側
- 組合員であることを理由に査定差別を受けたと思われる場合、査定後しばらく経過していても、賃金差別が継続している限り救済申立てが可能
- 「向後1年間の毎月賃金額の基準を定める考課査定」という性質が継続性の根拠であるため、同様の性質を持つ査定・評価制度に基づく差別は同様に主張できる
- 同期・同資格の非組合員との賃金格差を記録・証拠化することが差別立証の第一歩
8. 関連キーワード
紅屋商事事件、昇給査定差別、不当労働行為、労組法27条2項、除斥期間、継続する行為、賃金差別、考課査定、評定値、行為の日、最後の支払の時、組合員差別
9. 関連ナレッジ
| ナレッジ | 関係 |
|---|---|
| 全税関事件(hanrei-pdf-18719) | 組合員への昇格・昇給差別(国家賠償)。本判決と類似した差別構造 |
| 国鉄(JR採用差別)事件(hanrei-pdf-18541) | 採用段階での不当労働行為と救済命令 |
| 不当労働行為の実体法解説 | 7条各号・27条2項の解釈 |
本ナレッジは判決解説の整理であり、個別の法的助言ではありません。
10. わかりやすい法的根拠解説
本節は、判決の法的根拠を初学者向けに整理した解説です。§6の条文一覧と併読してください。
この事件で何を争っていたか(大枠)
会社が毎年行う「昇給のための査定」で、組合員だという理由だけで低い評価をつけていた(査定差別)ことが不当労働行為として問題になりました。
争点は「不当労働行為の申立てが遅すぎないか」という手続の問題です。労組法は「不当労働行為があった日から1年以内に申し立てないと救済を受けられない」と定めていますが、「差別的査定をした日」と「最後に低い賃金が支払われた日」のどちらを起算点とするか、が争われました。
① 労組法27条2項の「除斥期間」とは
flowchart LR
A["不当労働行為の発生"] -->|"原則1年以内"| B["労働委員会への\n救済申立て"]
B --> C["救済命令"]
A -->|"1年超過"| D["申立て不適法\n(除斥期間経過)"]
問題は「いつが『行為の日』か」です。労組法は「継続する行為にあっては、その終了した日」とも定めており、差別的査定がいつ「終了した」かが鍵になります。
② 「査定差別」はいつ終わるのか
flowchart TD
A["昭和53年度に\n低い査定を実施"] --> B["翌月から低い賃金\nを毎月支払う"]
B --> C["翌々月も低い賃金"]
C --> D["…(継続)…"]
D --> E["救済申立て時点でも\n低い賃金を支払い中"]
E --> F{"査定行為だけが\n「不当労働行為」か?\nvs\n賃金支払のたびに\n不当労働行為が実現するか?"}
F -->|"前者なら"| G["査定時から1年超 → 申立て不適法"]
F -->|"後者なら(最高裁)"| H["最後の賃金支払から\n1年以内 → 申立て適法"]
最高裁は「後者」を採りました。理由は次の点です。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 査定の目的 | 向後1年間の毎月の賃金額の基準を定めるもの |
| 差別の実現 | 差別する意図は「賃金の支払によって具体的に実現される」 |
| 一体性 | 査定と賃金支払は「一体として一個の不当労働行為」 |
| 継続性 | 低い賃金が支払われ続ける限り、不当労働行為は続いている |
③ 「除斥期間」と「消滅時効」の違い
除斥期間と消滅時効は似て非なるものです。
| 比較点 | 消滅時効 | 除斥期間(労組法27条2項) |
|---|---|---|
| 起算点の中断 | 請求・承認等で中断できる | 中断なし(絶対的な期間制限) |
| 期間経過の効果 | 時効援用で権利消滅 | 申立て資格を失う(救済申立て自体が不適法) |
| 趣旨 | 権利の不行使への制裁・法的安定 | 労使関係の早期安定 |
労組法27条2項が除斥期間を設けた趣旨は、古い不当労働行為を掘り起こすことで法的安定を損なわせないためです。しかし、査定差別のように差別が現在も賃金として継続的に実現されている場合には、「行為は現在も進行中」として期間を計算します。
④ どういう場合に「継続する行為」になるか(応用)
本判決の射程を整理します。
| 行為の種類 | 継続性の判断 |
|---|---|
| 昇給査定差別(本件) | 査定に基づく賃金が支払われる間は継続 |
| 解雇 | 一回的行為(解雇の意思表示の日が起算点) |
| 組合脱退勧奨 | 特定の行為ごとに判断(継続的に行われれば継続する行為になりうる) |
| 昇格・昇進の差別 | 給与等の差別的実現が継続する場合は類似の問題 |
⑤ 争点と条文の対応表(逆引き)
| 争ったこと | 見るべき法理・条文 |
|---|---|
| 査定差別は不当労働行為か | 労組法7条1号(組合員であることを理由とする不利益取扱いの禁止) |
| 申立ては除斥期間内か | 労組法27条2項 → 紅屋商事事件(査定+賃金支払が一体で継続する行為) |
| 「行為の日」はいつか | 査定時ではなく、査定に基づく賃金の最後の支払の時(本判決) |
本節は判決解説の法的根拠を初学者向けに整理したものです。個別事件の法律相談・訴訟代理ではありません。