平成1(オ)854 神戸弘陵学園事件(試用的有期雇用契約・解約権留保)平成2年6月5日 最高裁判所第三小法廷
神戸弘陵学園事件・最高裁判決解説
概要
裁判所: 最高裁判所第三小法廷(裁判長:貞家克己、裁判官:安岡滿彦・坂上壽夫・園部逸夫)
判決日: 平成2年6月5日
学校法人が採用した常勤講師との間で「1年の期限付」と記載された職員契約書を交付した事案。上告人(教員)は期間満了による雇用契約終了は不当として争った。原審は1年の存続期間付雇用契約として期間満了により終了したと判断したが、最高裁は、==採用の趣旨・目的が労働者の適性評価にあるときは、その期間は契約の存続期間でなく試用期間であると解するのが相当==と判示し、原判決を破棄・差戻した。
法的根拠: 民訴法407条1項(破棄差戻し)、解約権留保付雇用契約法理(判例法)
出典: hanrei-pdf-19118.pdf
1. 当事者
原告(上告人)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 地位 | 神戸弘陵学園高等学校の元常勤講師(社会科担当) |
| 採用経緯 | 昭和59年3月5日に採用内定を受諾。他の採用内定(雲雀が丘学園)を辞退した上で就業 |
| 学歴 | 昭和58年3月 京都産業大学経済学部卒業、昭和59年3月 仏教大学社会学部通信教育課程修了 |
| 請求 | 雇用契約の存続確認等(詳細は差戻し審で判断) |
被告(被上告人)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 地位 | 学校法人・神戸弘陵学園(昭和58年4月に本校開設) |
| 主張 | 1年の期限付雇用契約であり、期間満了で当然退職 |
| 採用理由 | 開校直後に大量採用の必要があり、教員未経験者の適性を1年間評価する趣旨 |
2. 事実関係
| 時期 | 事実 |
|---|---|
| 昭和58年4月 | 神戸弘陵学園高等学校開校 |
| 昭和59年1月26日 | 上告人、第1回面接を受ける |
| 昭和59年3月1日 | 第2回面接。理事長より「契約期間は一応1年」「1年間の勤務状態を見て再雇用するか否か判定する」との説明を受け、採用したい旨の申出を受ける |
| 昭和59年3月5日 | 上告人が雲雀が丘学園への就業を辞退し、採用申出を受諾。教頭代理らから勤務時間・給料・担当教科の説明を受け了承 |
| 昭和59年4月1日 | 常勤講師として採用。職務に従事開始 |
| 昭和59年4月7日頃 | 被上告人から「昭和60年3月31日までの1年の期限付の常勤講師として採用される旨」および「期限満了の日に当然退職の効果を生ずること」が記載された期限付職員契約書が交付される |
| 昭和59年5月中旬 | 上告人が期限付職員契約書に署名捺印して提出 |
| 昭和60年3月31日 | 期限満了(本件雇用契約終了の可否が争点) |
原審の追加認定事実: 被上告人が本件雇用契約を1年の期間付としたのは、開校直後に大量の教員を採用する必要があり、教員経験のない者の適性を1年間吟味する趣旨であり、1年単位の学校教育の特性から一通りの経験後に適性を判断しようとするものであった。
3. 争点と判断の流れ
争点① 1年の期間は「契約の存続期間」か「試用期間」か
| 審級 | 判断 |
|---|---|
| 原審 | 期限付職員契約書に明記されているため、1年の存続期間付雇用契約として期間満了により終了と判断 |
| 最高裁 | ==採用に当たり期間を設けた趣旨・目的が労働者の適性評価にあるときは、期間満了により当然終了する旨の明確な合意などの特段の事情が認められない限り、その期間は契約の存続期間ではなく試用期間と解すべき==。原審の判断は是認できない |
争点② 「特段の事情」(当然終了の明確な合意)が認められるか
| 論点 | 最高裁の判断 |
|---|---|
| 理事長の「一応」発言 | 「契約期間は一応1年」という表現であり、厳格な意味での存続期間とは断定し難い |
| 「再雇用」の文言 | 法律的意味において期間満了後に新たに契約を締結しなければ終了する趣旨とは必ずしも断定できない |
| 「30年でも40年でもがんばってくれ」等の発言 | 理事長の真意について明確な認定がなく、長期就業の期待が示唆される |
| 期限付職員契約書 | 雇用契約成立後(4月7日頃)に交付され、5月中旬に署名捺印。第1条の「昭和59年度に限り採用の必要」との記載は生徒数・職員数の実態と符合せず疑問あり。第2条所定の勤務規定は同年5月当時未作成 |
| 上告人の就労期待 | 他の採用内定を辞退しており、安定した長期就職を望む社会通念に照らして雇用継続の期待に合理性あり |
| 結論 | 明確な合意の成立にはなお疑問が残る。原判決は法令解釈を誤り審理不尽・理由不備の違法 |
争点③ 試用期間付雇用契約の法的性質
| 論点 | 最高裁の規範 |
|---|---|
| 試用期間の性質 | 試用期間中の処遇の実情・試用期間満了時の本採用手続の実態等を踏まえて判断 |
| 解約権留保付雇用契約 | 試用期間中の労働者が試用期間の付いていない労働者と同じ職場で同じ職務に従事し、取扱いに格段の差異がなく、満了時に本採用に関する契約書作成の手続も採られていないような場合は、==解約権留保付雇用契約==と解するのが相当 |
| 解約権行使の要件 | 解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的な理由があり社会通念上相当として是認される場合に限り許される。通常の解雇よりも広い範囲の解雇の自由が認められるが、本採用拒否が許される場合でなければ期間満了では終了しない |
4. 結論(主文)
- 原判決を破棄
- 本件を大阪高等裁判所に差し戻す
- 差戻し審では、①特段の事情の有無、②試用期間付雇用契約(解約権留保付)と解することの相当性、③留保解約権行使が許される場合に当たるかどうかについて更に審理を尽くすこととなる
- 裁判官全員一致
5. 判決のポイント
- 適性評価目的の期間は「試用期間」 — 使用者が採用時に期間を設けた趣旨・目的が労働者の適性評価にある場合、その期間は原則として試用期間と解される。存続期間とするには「明確な合意」等の特段の事情が必要。
- 期限付職員契約書があっても当然には「存続期間」にならない — 書面の記載内容だけでなく、交付・署名の経緯、記載の合理性等を総合考慮する必要がある。
- 解約権留保付雇用契約の法的性質 — 試用期間付雇用契約は、一般に「解約権留保付雇用契約」と解され、本採用拒否(留保解約権の行使)ができる場合にのみ試用期間満了で契約が終了する。
- 解約権行使の基準 — 客観的に合理的な理由があり社会通念上相当として是認される場合に限り許される。通常解雇よりは広い自由が認められるが無制限ではない。
- 長期安定就職の期待保護 — 他の内定を辞退した事実や「30年でも40年でも」という発言など、長期雇用への合理的期待が認められる場合は存続期間付の断定に慎重を要する。
- 「一応」の表現の法的意味 — 理事長が期間について「一応」と述べた事実は、存続期間の明確な合意という認定に疑問を残す重要な間接事実となる。
6. 法的根拠
判示された規範(判例法)
| 法理 | 内容 | 本件での役割 |
|---|---|---|
| 試用期間の性質判断 | 採用時期間設定の趣旨・目的が適性評価にあるときは、原則として試用期間(存続期間ではない) | 本件1年の期間の性質決定の基準 |
| 解約権留保付雇用契約 | 同一職場・同一職務・格段の差異なし・本採用手続なし → 解約権留保付雇用契約 | 本件の法的性質の確定(差戻し後) |
| 留保解約権行使の要件 | 客観的に合理的な理由があり社会通念上相当として是認される場合に限る | 本採用拒否の適法性の基準(差戻し後) |
関連先例・現行法との接続
| 条文・先例 | 関係 |
|---|---|
| 三菱樹脂事件(最大判昭和48年12月12日)(参考) | 解約権留保付雇用契約・本採用拒否の基準を確立した先例 |
| 労働基準法14条 | 有期雇用契約の期間上限・反復更新規制 |
| 労働契約法17条 | やむを得ない事由がない限り有期労働契約の中途解約不可 |
| 労働契約法19条 | 雇止め法理(期間の定めのある労働契約の反復更新後の雇止め等の規制) |
7. 実務上の示唆
使用者側
- 採用時に「期間を設ける趣旨・目的」が適性評価にある場合、その期間は試用期間と解される可能性が高い。存続期間付とするには、当然終了の合意が明確かつ書面で形成されている必要がある。
- 期限付職員契約書は採用決定後ではなく、採用申出の受諾前に内容を確認させ署名を得ることが望ましい。
- 「一応1年」「再雇用するか否か判定する」といった曖昧な表現は、後日の争いの原因となる。採用時の意思を正確に書面化する。
- 試用期間として運用する場合、通常の雇用よりも広い範囲で本採用拒否ができるが、その行使には客観的・合理的な理由が必要。拒否理由の記録化が重要。
労働者側
- 契約書に「期限付」とあっても、採用の趣旨・目的や面接時の発言内容によっては試用期間付雇用契約(解約権留保付)と解される余地がある。
- 他の採用内定を辞退した事実、採用面接での使用者の発言内容は、雇用継続の合理的期待を基礎付ける重要な事実として主張の対象となる。
- 本採用手続(再度の契約書作成等)が採られていない場合、期間満了での雇用終了に対して異議を申し立てる余地がある。
8. 関連キーワード
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10. わかりやすい法的根拠解説
本節は、判決の法的根拠を初学者向けに整理した解説です。§6の条文一覧と併読してください。
この事件で何を争っていたか(大枠)
学校法人が採用した教員に「1年の期限付」と書かれた契約書を後から渡し、1年後に「期間満了で当然退職」と主張しました。教員側は「これは試用期間であり、正式採用を拒否するには合理的な理由が必要だ」と争いました。
裁判所が判断したポイントは、
- 「1年の期間」は契約の存続期間か、それとも試用期間か
- もし試用期間なら、本採用拒否(留保解約権の行使)が許される場合か
の2段階です。
① 「期間」の正体を判断する2つのルート
flowchart TD
Q["採用時に期間を設けた\n趣旨・目的は何か"]
Q -->|"労働者の適性を\n評価・判断するため"| T["原則として\n「試用期間」"]
Q -->|"特段の事情あり\n(明確な終了合意等)"| E["「契約の存続期間」\n期間満了で当然終了"]
T --> L["解約権留保付\n雇用契約として分析"]
L --> R["本採用拒否に\n合理的理由があるか?"]
R -->|"ある"| END1["試用期間満了で\n雇用終了(適法)"]
R -->|"ない"| END2["雇用は継続\n(不当解雇)"]
「特段の事情」がある場合とは?
- 期間満了で当然終了する旨の明確な合意が当事者間に成立している
- 書面の記載・交付経緯・採用面接時の説明が整合的で疑問がない
本件では「一応1年」という表現、契約書の後からの交付、「30年でも40年でもがんばってくれ」という発言など、疑問点が多く、「特段の事情あり」とは断定できなかった。
② 試用期間と解約権留保付雇用契約の関係
イメージ: 試用期間は「採用を決めたが、念のため1年間様子を見てから本正式採用を確定する」という仕組みです。雇用は既に始まっているが、使用者は一定の範囲で「やはり本採用しない」という選択肢(留保解約権)を持っています。
| 通常の解雇 | 試用期間中の本採用拒否 |
|---|---|
| 客観的に合理的な理由+社会通念上の相当性が必要(労働契約法16条) | より広い範囲で認められるが、客観的・合理的な理由は必要 |
| 採用後に判明した問題でも厳格な基準 | 採用選考では知り得なかった事情を考慮できる |
覚え方: 試用期間=「お試し雇用」だが、雇用は既に始まっているので、辞めさせるにはそれなりの理由が必要。採用内定取消よりは厳しくなく、正式採用後の解雇よりは緩い基準。
③ 本件の「期限付職員契約書」の問題点
原審は書面があるから存続期間付と判断しましたが、最高裁はそれを否定しました。理由を整理すると:
| 問題点 | 内容 |
|---|---|
| 交付のタイミング | 雇用契約成立後(4月7日頃)に交付され、5月中旬に署名 → 後出しの書面 |
| 第1条の記載と実態の矛盾 | 「昭和59年度に限り採用の必要がある」という記載は、生徒数・職員数の実態と符合しない |
| 第2条の勤務規定 | 署名時には未作成で存在しなかった |
| 「一応1年」の発言 | 理事長自身が「一応」と留保を付けて説明 |
→ 書面があっても、その形成経緯・整合性・当事者の実際の合意内容を検討する必要がある。
④ 争点と条文の対応表(逆引き)
| 争ったこと | 見るべき法理・条文 |
|---|---|
| 1年の期間は存続期間か試用期間か | **本判決(神戸弘陵学園事件)**の法理 |
| 試用期間付雇用契約の法的性質 | 解約権留保付雇用契約の法理(三菱樹脂事件・参考) |
| 本採用拒否の有効性の基準 | 客観的合理的理由+社会通念上相当性(労働契約法16条参照) |
| 有期雇用の反復更新後の雇止め | 労働契約法19条(本件は適用前の事案) |
本ナレッジは判決解説の整理であり、個別の法的助言ではありません。